みすずのヒーロー

 車が燃えていた。

 みすずを車から投げ出したおかあさんは「はやくあっちにいけ」って怒鳴っていた。いつも怒鳴っているおとうさんみたいで怖くてこわくてうずくまってしまう。動けない。


「さっさと行け! はやくいって! ……おねがいだれか」


 怒鳴り声。でも不安さを含ませたおかあさんの声が、みすずがそばにいってあげなきゃいけないと顔をあげさせた。

 風に吹かれた大きなはっぱが燃えている車を隠したあと、ドンって大きな音がした。


 おかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさん!!


 黒い影がおかあさんの車。燃えている車に飛び込んでいく。

 おかあさん助けてくれる……の?

 黒い影が、おっきい黒い影が黒いなにかをぶらさげてぐちゃぐちゃ音をたててしゃぶってる。

 黒いなにかをポイッてしておっきい黒い影がこっちにくる。

 ゆっくりゆっくりみすずの見える場所から消えないままににちゃりと黒いおっきいのがわらってみすずの頭に手を伸ばしてくる。おっきくて黒い汚れがいっぱいで長い爪からはなにか汁が落ちている。ぼたぼたと落ちるハシから火に炙られていく。いやな臭い。

「や!」

 なにかが軽く触れた。

 黒いおっきいのがガサガサと音をたてて燃える車の向こうの茂みから出てくる。

 牙を剥き出しにして燃える車をバンバン叩いて怒りを示してくる。

 動かなきゃ。

 こわい。

 みすずが食べられる。

 おかあさんはおかあさんはおかあさんは。

 黒いのが。

 黒いのが、くるよ。

 逃げた。逃げたんだと思う。いろんなところが痛い。

「おかあさん、おいてきちゃった」

 もう、どこからきたのかもわからない。

 こわくてこわくて泣いてしまう。

 おかあさんはおいてきた。

 いつも怒鳴っていたおとうさんがみすずを迎えにくるわけがないし。

 おかあさんをみすずがお迎えにいかなくちゃいけない。

 黒いの、まだいるかな?

 おかあさん待っていてくれてるかな?

 怒ってどこか行っちゃったかな。

 おかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさんおかあさん。

 いい子でいるから。いいつけも守るから。おかあさんを困らせないようにするから。


 みすずをおいていかないで。


 キィって甲高い悲鳴が聴こえて見上げれば自転車に乗ったおおきい人がぜぇぜぇとあらい息遣いだった。

 おかあさん、みつけてくれ……る?

 このおおきいヒトみすずのおかあさんたすけてくれる?

「ひっ!! ぅぁ、あー、我慢してくれぃ!」

 急におっきい人につまみあげられて自転車の前カゴに放り込まれた。高くてこわい。

 風が強く吹きつけてくる。

 自転車が山道をぐねぐね揺れながら下っていく。

 おっきい人が時々「落ちんなよー」と声をかけてくれながら真っ赤になって自転車を漕いでいる。

 風は強く、空は青く山道の木々は緑でガタガタといっぱい揺れて揺れて揺れてかき回されてみすずの笑い声とおっきい人のなんか叫び声が山道にこだましていた。

 こだま? やまびこ?

 わからないけど、みすずはおかあさんをたすけてほしいのに笑うことがとまらなかった。

 こぼれた笑い声がみすずが出してるのに気がついてもとめられなかった。

 時々飛び出しそうになりながら知らないおうちに連れてきてもらった。

 あったかいごはん。

 あったかいお風呂。

 あったかいお布団。

 朝のごはんにきれいなお洋服。

 みすずは「みすずのおかあさんをたすけて」ってようやく言えた。



 タケルさんは、みすずのおとうさんになった。

 おとうさんはみすずのおかあさんの車をみつけてくれてみすずを抱きしめて「みすずちゃんのおかあさんはみすずちゃんを頑張って助けたんだね。みすずちゃんのおかあさんはみすずちゃんに生きていてほしかったんだね」と言ってくれました。

 おとうさんの腕の中で何度も泣いたのにみすずはまた泣きました。

 おとうさんとの暮らしは穏やかな日々です。

 小学生のお勉強だと言って文字を書いたり、おとうさんに絵本を読み聞かせたり、菜園で雑草を抜いたりお水をあげたり、一緒にお散歩したり。見晴らしのいい場所に運んだおかあさんの車のドアに野原の花を供えたり。

 あたたかいふとん。

 あたたかいおふろ。

 あたたかいごはん。

 やさしいおとうさん。

「いつか同じ年ごろの子達と一緒に学校に行くとかもあるかもなぁ」

 どこか外では子供を集めて勉強させる学校があるとかおとうさんは気にします。

「おとうさんはみすずを追い出したいの?」

 みすずはこの山を出る気なんてないのに。

「違うよ。みすずちゃんの『あたりまえ』の世界を狭いものにしたくないだけだよ」

「おとうさんだってこの山間から出る気ないじゃない」

 おとうさんは出ないのにみすずだけ出そうっていうのがおかしい。

「おとうさんは外からここに来てるからね。みすずちゃんとは違うんだよ」

 言い聞かせるようにおとうさんは言ってくるけれど、みすず、なにが違うのかよくわからないからききません。

「みすずだってここの外から来てるよ? あ、おとうさん、世間を見るのにエスエヌエス見ていーい?」

 外から来たからおとうさんに会えたんだから。それにおかあさんだってこの土地で休んでいるんだから。

「おとうさん、あとでログは確認するからね。あとチャイルドセーフティはかけるから」

 おとうさんが渋い表情をしながら携帯端末を渡してくれる。渋い表情はみすずが聞く気がないからかエスエヌエスを見るからかどっちかわかんない。

「はーい」

 みすず用のアカウントを起動して素敵なイラストや写真を眺めて過ごす。

 これ全部みすずと同じように画面を見ている人が操作しているんだと思うとすごいなと思う。

 古いアニメや特撮も楽しいコンテンツだけど、今の流行りは『異能共生防衛隊』だろう。

 強い共生種と契約した人が『安全』なテリトリーをつくって『安全維持』する為に他の共生体を管理するやり方だとおとうさんは言っていた。

 たぶん、共生契約をした個体同士が結託しているとも。

 けったくとかいう言葉の意味はよくわからない。誰かと仲良くするとかっていう難しいことはわからないけど、おとうさんがそう言うのならそうだと思う。

 おとうさんとみすずは結託しているんだろうか?

 うん。よくわからない。

 合わない共生体を追い出すのが『討伐隊』らしい。

 見ていてかっこよく見えるのは『防衛隊』だと思う。

 増殖や食欲だけの異形種をその力で倒していく。余裕の時もあれば、危機を乗り越えての場合もあってそれなりにハラハラと手に汗握る観戦になる。

 ある時をさかいにみすずと同じくらいか少し上の子達が写るようになった。

 大人より子供の方が力は使いやすいのか出来ていることが派手で映像を観るのはとても楽しい。

 それをおとうさんに伝えれば、すこし考えてから教えてくれた。あくまでおとうさんの考えとして。


「おとうさん達大人はそれまでに築いてきた『あたりまえ』がどうしても捨てれないし、どちらかと言えば捨てたくない。でも、みすずちゃんの世代からすれば『できるのにどうして?』になるんだと思うよ。共生契約した種族の考え方しか知らない子も出てくるだろう。……すこしこわくてね。それもあっておとうさんはここから出たくないんだよ」


 みすずは平気だろう? というような目で見てくるおとうさんです。

 平気かもしれないけど、おとうさんがいなくて平気なわけがないんだけど。おとうさん、どうしてそんな簡単なことに気がつかないんだろう。

 おとうさんなのに。

「おとうさん、みすずもこわい?」

 みすず、おとうさんに怖がられるのいやだなぁ。

「みすずちゃんが? うーん。そうだなぁ。おとうさん、きっと力ではみすずちゃんにかなわないからなぁ」

 そんなことないと思う。

「でも。おとうさん、みすずちゃんをこわいと思ったことはないよ。みすずちゃんのことは知っているからね」

 おとうさんがにっこり笑う。

「みすずちゃんはおとうさんの愛する娘ちゃんだからね。むしろ巣立つ日がこわいなぁ」

「みすず、ずっとここにいるから! 出ていかないよ」

「それはそれで問題がありそうだなぁ」

 困ったように笑うおとうさんを見て携帯端末で動画を見て得た答えにちょうどいいモノを見つけたのは幸運だったと思う。


 そうあれはよく晴れた初夏の真っ昼間。

 おとうさんは暑いからと言ってスダレで日陰をつくった屋内でお昼寝している時間。

 邪魔することはダメかなとも思ったけれど、堪えられなくてみすずはおとうさんを起こした。


「おとうさん! おとうさん! みすず、おともだち拾った!」


 ガタンって椅子から落ちたおとうさんは痛そうな音をたてていた。

 でも、手をはなすとおともだち逃げちゃうかもだしなぁ。


「おれはまいごでもおとしものでもねぇよ!」

 ですからおともだちですよね?

「あのね! あんでっどばすたーのたまきくん!」

 カッコいいよね!

 ね。おとうさん。

 ガタガタと椅子を支えに立ち上がり振り返ったおとうさんは

「だ……」

 と言った後、まじまじとあんでっどばすたーのたまきくんを見ています。

 あんでっどばすたーのたまきくんはみすずよりすこし背が高く、おとうさんよりずっと小さいです。だからおとうさんのおともだちではなくみすずのおともだちだと思うんです。決めたの!

「みすずちゃん」

「うん!」

「拾った場所にかえしてきなさい」

 ぇえええ?

「みすずのおともだち」

 おとうさんがひどい。

「あ、あの」

「なにかな。あんでっどばすたーのたまきくん」

「おれ、くじまたまきっていいます。おれの共生契約したノが不浄の浄化が生き甲斐で、今夜だけここで浄化狩りしちゃダメですか?」

「おとうさん、たまきくんおとまりってヤツだよね!」

 すごい!

 おともだち拾ったらおともだちのおとまりまでできるなんて!

「待ちなさい。みすずちゃん。たまきくんひとりでかい? 夜に子供が徘徊することを君のご両親は承知しているのかい?」

 おはなしあいの結果、あんでっどばすたーのたまきくんはおとまりになりましたよ。日が暮れてから浄化狩りをするとかでお昼寝するようにおとうさんが指示してます。

 一緒にお風呂だと思ってたらおとうさんにとめられました。

 あんでっどばすたーの装備をはずしたたまきくんは動画で見る普通の男の子でした。

 仮面の特撮ヒーローじゃありませんでしたよ。



 ひどい!!



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