あたりまえの日常

金谷さとる

俺の家族


 世界が混ざったとされたその日、俺はいつも通り部屋でゲームをしていた。

 バチンと大きな音が響いてすべての灯りが消えた。

「停電?」

 俺は急にゲームを中断させられたコトに悪態を吐きながら圏外を表示する携帯端末の灯りを頼りに数週間ぶりにカーテンを開けて外を見た。

 真っ暗だった。

「この地域全体かよ」

 窓を開けようと手を伸ばせば、ピリッと静電気が走った。

『ヤメトキナ。リスキーがリスキーダ』

 灯り代わりに持っていた携帯端末からの声だった。

『オレと契約シヨーゼ。タケル?』

 携帯端末からの声。

 暗闇に沈む世界で端末のモニターだけが煌々と光を放っている。

 圏外を表示する灯り以外に役にたたない板を握る手が震える。

「俺の、名前……」

 なんで知らない声が知って、い……。

『ユーザー登録シテンダロ。本名? 個人情報バッチリダナ! ウゥーン。リスキー』

 携帯端末の情報を読み取っただと!?

 暗い自室で明滅を繰り返し知らない声を発する俺の携帯端末。

 叩き壊して黙らせたい気持ちとこの灯りを手放せばパニックを起こしそうな危機感がせめぎ合う。

「なんなんだよ。契約とかってどこのありふれた創作ネタだよ」

 ふざけんな。と言ってしまいたいのに言葉を音にするのがこわい。有り得ない非日常が俺のもとに降ってくるのは妄想の中だけで十分なのだ。

『オレと契約シヨーゼ。今までの日常はオサラバさ。おニューな非日常な日常コンニチハってナ。五キロ圏内安全区画はこの家ダケ。契約シヨーゼ。リスキーをセーフティニサ』

「え?」

『オレもリスキー。タケルもリスキー。契約しなきゃ情報伝達もデキヤシネェ。激ヤバリスキー。安全圏確保の余剰エナジーリスキーダ』

 ふとモニターを見ればぐんぐんと減っていく充電量。

「は?」

 モニターの光量もどこか暗くなってきている?

 減りが早過ぎる。

 時計の表示は消えているし、電波表示は圏外だしで明らかにバグっていて様子がおかしい。いや、自我を持って発信しているように受けとっている俺がおかしいのか?

 安全圏?

 こいつ、今、安全圏確保って言ったか?

 窓を開けるリスキー?

 危険があぶない?

「契約内容は?」

『タケルがオレを共生相手として受け入れるコト。今の状況と安全圏の保持がトリアエズ可能。安全圏確保エナジー及びオレの存在エナジー限界マデニ、キメろ』

 モニターの光量が落ちていく。残り充電はあと僅か。

 こんな焦らせられながらの契約なんてあやしいし危険に決まっている。

 外にある危険がなんなのかも説明されてない。

 判断要素は足りていない。

 恐怖は、ある。

 特別への高揚もある。

「リスキー。おまえと契約する。なにをすればいいんだ?」

『タケルの承諾確認。現地生体との共生を受諾。生存エナジー共有。権限区画確保。生体共有開始。恐慌回避の為一時情報共有遮断。人格統合……無し。主人格タケル。サポートサブ人格……リスキー。オレに勝手に名前をツケタな。タケル』

 情報が流れる中、俺は荒れた暗い部屋で意識を失った。



「バイト!!」

 窓から差し込む朝の光に俺は飛び起きた。

 ごちゃっと散らかった床で寝ていたせいか身体が痛怠い。

「夢か?」

 握っていた携帯端末は沈黙している。

 時間は表示されていないし、相変わらず圏外だ。

 少し蒸暑い。

 エアコンが停まったままだし、他の電子機器もすべて沈黙している。電池も放電されているとかおかしいだろう?

 窓を開けると朝の冷えた空気が部屋に入ってくる。

 ほっとひと息つける。

 ちちっと野鳥の鳴く声が聞こえた。

 身体が勝手に動いて窓とカーテンを閉めていた。

『危険検知は低いがまだ外を長く見るコトはリスキーがスギルぞ。タケル』

 どこからともなく聞こえた声に悲鳴が出、なかった。

 思ったようにでない声。

 自由にならない体の動き。

「いや。タケルが動くとリスキーダカラナ。トリアエズ、テリトリー確保サセテクレ。説明もパニックもソノアトダ」

 俺の声でリスキーが喋る。

「この部屋はもうテリトリー。ただエナジーが足りない。テリトリー化に室内エナジーは使い切った。なにはナクトモコノ建物はテリトリー化してオキタイ」

 テリトリー化?

「安全ナ場所。オレにトッテガード、外敵ニ対応しやすい環境化ダヨ。タケル」

 外敵?

 この小競り合いはあっても概ね平和な日本で?

 リスキーが部屋から出て廊下を歩く。

 三ヶ月前に海外赴任になった親類から留守番と管理を頼まれた物件だ。

 元々は近所のアパートに住んでいたが事故物件と化して取り壊しになった為転がり込ませてもらっていたので、信頼関係はあった。

 バイトも辞めずに済んだし。

 そうだ。

 バイト。

「バイト? 休んでも問題はないはずだ。索敵範囲にタケルと同サイズクラスの生体反応はナイ」

 いや、この家の中には俺しかいないからってな?

「窓から目視デキタ家屋には生体反応ハないゾ」

 すこし過疎気味ではある地区だが隣のおばさんは世話好きでおしゃべりな人だ。工場へのパート仕事は俺がバイトに出たあとで。春に息子さんが都会の大学に行って、俺がバイトに出るのにわざわざ「おはよう。頑張ってね」と声をかけてくるようなおばさんだ。

 生体反応はナイ?

 なんで?

「この範囲に放り込まれた他のモノ達がどんな連中かオレは知らないゾ。共闘デキル連中が居ればイインダが。昨夜検知シタのは敵性種ダッタカラな。エナジー源として喰ったンダと予想されるナ」

 説明されていることが信じられないのに、言葉に嘘はないと感じているし、混乱しているのにどこか冷静に感じる。

 混乱はしているが、無理矢理落ち着かされている感じだと思う。

 リスキーが俺の生存を一晩伸ばしてくれたことがわかる。

 だって、俺文明人だぞ。

 文明の利器の恩恵がなくなったら数日も生きていけるか自信がない。

 ガス、水道、電力、通信。

 食糧は?

 移動手段は?

 犯罪抑止は?

 生き残っていたなら俺が大量殺人の容疑者にされたりしないか?

 ゾンビパニックで俺が生き残れるかと聞かれたら、声を大にして無理と叫ぶだろう。

「いや、自信満々に無理ってナ。オレいるから。攻撃力はほぼないけど、オレいるから。タケルひとりじゃナイゾ」

 気がつけば台所で蛇口を捻っても水が出ないことやコンロで火が出ないことを確認した後だった。

 ブレーカー問題でもなく、通電していないようだった。

「コレがタケルのエナジーになるんだナ」

 夜中に通電の切れた冷蔵庫から取り出した冷えた鶏の唐揚げと牛乳で朝食にする。

「フゥん。タケルのエナジーはおもしろいナ」

 なにが?

 食うってことは排泄もある。下水というかトイレは使えるのか?

 水道使えないってことはやばいのでは?

 尊厳の危機?

 朝食の後はぶらりと家と隣家の境を歩き、周囲の家屋のどれからも生活音がしないことに気が重くなる。

 道路になにかをひきずった黒いシミが所々に見えて気分が悪かった。

「ヨシ。外周も確定シタ。少し余剰エナジーも摂取デキタ。すこし歩きながら説明しようか」

 家が『安全』になったとリスキーから伝えられる。

 俺からはバイト先が気になると伝えた。

 昨夜の停電は『世界』が混ざったのだと訳の分からない説明だった。

 混ざった世界の住人に過ぎないリスキーにも取得情報は現地観測情報だけだという前置き有りの説明だった。

 現在のところ普通に生存可能な種族と生存可能種族と共生をしてのみ生存可能種族(これにリスキーは該当するらしい)、現状知能が低く他種族を捕食することに特化した種族が確認できているとのことだ。

 安全圏であった俺の部屋以外で捕食が行われていたと説明されてゾッとした。

「知能の低い捕食種族といっても知能が育つこともあるし、好戦的な共生種族(共生種族にもいろいろあるらしい)に支配統括され活用されることもあるゾ。オレは安全ナテリトリー確保は得意だが、戦闘力は低くてネ。捕食種族と出会ったら引きこもってやり過ごす選択肢シカなかったりスル」

 だって宿主が喰われやすいから。と囁かれた。

 俺が弱点かよ!

「いや、いや。タケルがイナイとオレ即死ヨ? タケル達ノ種族ガこの世界における主な宿主種族ダト思うネ。アマリ、観測データガ取れないガネ」

 バイト先までぶらぶらと歩く。

 その間、誰にも会わない。

 電柱にとまったカラスが『カァ』と声をあげ、野良猫が駆ける鼠だかイタチだかを追い走り去るくらい。

 通学通勤の人影も配送車のエンジン音もない。

 小動物が警戒心を薄くするほどに人の気配はないようで、心臓がバクバクと大きな音をたてる。

「おいおい、落ち着けヨ。捕食種族の行進がどうなったか観測デキタラ生きやすさも変わるサ。電気と水ハオレがナントカデキルかもだしな」

 食糧は?

「今のうちに確保シテ保存カナ」

 バイト先もやっぱり静かだった。

 その日から俺はリスキーの指示に従って空き家から食糧を集めて歩き回る。

 ガソリンスタンドをリスキーは『ラッキー、エナジー大量ダ!』とテリトリー内に入れていく。町からは捕食種族は消えていてあやしむリスキーを確認しつつも当座の生命の危機から逃れた俺はほっと安堵の息を吐いていた。

 町は、俺を除いて誰からも忘れられたように静かだった。

「腐る前に食糧を集めることができてよかったよ」

『アア。オカシイナ。捕食種族はそこまで移動能力は高くないハズ……。小型生物種が生残ってイル。飢えれば喰うハズ。ヤハリナニカイルハズ』

 安心する俺に不安ネタを与えるリスキー。

 拠点である自宅。

 それ以外の建物を資材として防衛施設として組み換えたリスキーは気に入らなげにモニターに写る町跡の様子を眺めている。

 危険はないと言うが夜間に関して言えばお互いを捕食しあう死体が防衛施設外周を彷徨いているので出なければ安全だとわかっている。

 つまり、町の安否を確認しようにも町に来たら襲われてしまう仕組みが出来ている。

 俺は生き延びて立てこもっているだけですからと主張したいが、未だ通信系は圏外であり、有線通信も繋がらない状況である。

 外も同様の状況であるというのがリスキーの想定ではあるが、未確定だ。

 俺は安全圏で家庭菜園をはじめたり、図書館や本屋の資料を片手に便利道具の作成をしはじめた混ざった夜から二ヶ月目二ヶ月ぶりに人にあった。

 路線や国道沿いにむこう町に行こうと自転車を転がし国道を走行していた。(線路は川の上で破損していた)

 蛇行する上り坂息切れで閉じた目を開けると幼児がそこにいた。

『テリトリーに戻れ』とリスキーが頭痛するほど警告してきた。

 酸欠と頭痛、驚いた表情の幼児。

 怯えと敵意。

 木々の合間から見えたけむくじゃらの大型生物の影。

 俺は自転車の前カゴに幼児を掴みいれて「我慢してくれ!」と叫び、のぼってきた蛇行道を死ぬ気で下った。

 そこから十年。

 俺と娘は山に還った町跡から出ることなく暮らしている。

 ネット通信環境はあの日から一年目に再稼働してリスキーは外の情報を取り入れはじめたが俺たちは外と関わらないことを選んだ。

 時々、共生種族の共生体が物を売りにくる。

 外では今までの『普通』を享受できるテリトリーとできないテリトリーでわかれてしまったらしい。

 そんな今を普通に生きる娘はいつか外に出るのだろうか?

 俺は、リスキーとここに居る。

 本を読み、物を作り、真偽混ざるネット情報を傍観する。

 十年。

 国外の情報は入らないが『国内』の『安全テリトリー内』ではまだ『国』と『政府』は存在しているようだった。



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