第2話

 一体何が起きているというのだろうか。なぜ交番が襲撃されなければならなかったのか。犯人は何を考えて交番を襲ったのだろうか。どのような状況で襲われたのだろうか。様々な疑問が富永の頭の中に浮かび上がる。

 現場に向かった二川と岡部から連絡が来れば、少しは状況が見えてくるはずだ。いまは冷静さを保ち、状況判断に努めるしかない。

 富永は無意識のうちに、ボールペンの後ろの部分を噛んでいた。最近、考え事をしている時にやってしまう癖だった。

 交番が襲撃され、現職の警察官二名が殺害される――そんな事件は前代未聞だった。署員たちは皆、顔を曇らせ、口数を減らしていた。

 デスクの上に置かれていた固定電話が鳴った。

「はい、刑事課です」

 受話器を取ったが、タッチの差で高橋の方が早かったようで、受話口からは何も聞こえては来なかった。

「お疲れ様です。はい。はい。いま変わります」

 高橋がそう言って、こちらに視線を送ってくる。

「富永さん、織田さんからです」

「わかった。三番に回してくれ」

 富永は自分の前に置かれている電話の内線番号を告げた。

 織田智明。階級は警部補。警視庁新宿中央署刑事課の強行犯捜査係長であり、富永たちの上司でもあった。

「お電話代わりました、富永です」

「例の件、聞いたか」

「はい。先ほど、高橋から」

「現場には、誰が行っている」

「二川と岡部さんです」

「わかった。私も現場にすぐに向かう。二川を戻すから、二川が戻ったら交代で富永お前が現場へ行け」

「わかりました」

 電話を切ると、富永は机の上に置いてあった書類に目を落とした。三日前に発生した暴行事件の調書である。容疑者である男は酒に酔い、スナックのママに掴みかかった。たまたま居合わせた元自衛官の常連客が止めに入って事なきを得たが、ママは傷害罪としてその客を訴えたというものだった。

 署内の雰囲気は、ただの緊急事態とは違っていた。誰もが何か言いたげに口を開きかけては、ためらい、視線を逸らす。そんな時、刑事課の部屋にひとりの男が走りこんで来た。窃盗犯係の宮西巡査部長だった。

「富永さん、大変だよ!」

「大変なのは知っている」

「いや、そうなんだけどさ。そうじゃなくてさ、交番で襲われたの、佐倉さんらしいんだ」

「え」

 一瞬、言葉が出て来なかった。

 佐倉毅。階級は警部補。地域課所属で、公園西交番の交番長。富永とは剣道仲間でもあり、新宿中央署剣道部の部長を務める人物でもあった。

「昨日、当直勤務だったらしいんだよ」

 二名死亡。先ほど、高橋はそう言っていた。しかし、その死亡した人間が佐倉であるとは限らない。違っていてほしい。富永はそう思いながら口を開いた。

「まだ、死亡した人間の名前は開示されていない」

「そうだけどさ」

 宮西は少しだけ困ったような顔をしてみせた。

 西公園前交番の当直勤務者は二名だった。そのことは富永も知っていた。だが、少しでも佐倉に生きていてほしいという希望を持たせて口にした言葉だった。

「色々な情報が出回ると思うけど、俺たちは俺たちの仕事をしよう、宮西さん」

「ああ、そうだな」

 富永の言葉に応えるかのように宮西は唇を真一文字に結ぶと、自分のデスクに戻っていった。

 佐倉とは数えきれないほど竹刀を交えた仲だった。その真っ直ぐな眼差しと、勝利の後に見せるさりげない笑顔を思い出しながら、富永はただ祈るような気持ちで現場の報告を待つしかなかった。

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