第6話 政府の影と語られた真実

神崎凛の言葉は、悠斗の頭の中で何度も反響していた。内閣情報調査室。特殊事案対策課。まるでスパイ映画のような組織名が、平凡な自分の日常に突如として割り込んできた。


「あの……一体、何の用でしょうか?」


悠斗は緊張で声が震えるのを必死に抑えながら、凛に問いかけた。コンビニエンスストアの蛍光灯の下、彼女の鋭い視線が、まるで心の中を見透かそうとしているように感じられた。


凛は無表情のまま、静かに答えた。「あなたの持つ、未来に跳躍する能力について、詳しくお伺いしたいのです」


彼女の言葉は、悠斗の胸に衝撃を与えた。なぜ彼女が自分の能力を知っているのだろうか?暦が話したのだろうか?しかし、二人の間にそんな約束はしていなかったはずだ。


「ど、どうして、あなたがそんなことを……?」


悠斗の問いに、凛は僅かに眉をひそめた。「我々は、特殊な能力を持つ人々の存在を把握しています。そして、あなたの能力についても、以前から観測していました」


観測……?まるで、自分が何か監視対象であるかのような言い方に、悠斗は強い警戒感を抱いた。


「それは……一体、いつから?」


「あなたが最初に時間を止めた(ように感じた)、あの日からです」


凛の言葉に、悠斗は愕然とした。まさか、自分が最初に異変を感じた時から、政府に監視されていたとは。


「我々は、あなたのような能力を持つ人々を、無秩序な社会の混乱を防ぐために、適切に管理・保護する義務を負っています」


彼女の言葉はもっともらしく聞こえたが、悠斗は素直に受け入れることができなかった。管理……それは、自分の自由が奪われるということではないのか?


「管理、ですか……?」


悠斗が警戒の色を露わにすると、凛は冷静な声で言った。「誤解しないでください。我々は、あなたの能力を危険視しているわけではありません。むしろ、その力を正しく理解し、社会のために役立ててほしいと考えています」


彼女はそう言うと、懐から小さな金属製のケースを取り出し、それを悠斗に差し出した。「これは?」と問いかける悠斗に、凛は「身分証です」と答えた。


ケースを開けると、中にはプラスチック製のカードが入っていた。氏名、年齢、所属の欄には「内閣情報調査室 特殊事案協力者 雨宮悠斗」と印字されていた。協力者……まるで、自分はもうすでに、この組織の一員であるかのように。


「この身分証があれば、我々の施設への出入りが許可されます。後日、改めてあなたには、我々の活動内容や、あなたの能力について詳しく説明する機会を設けたいと考えています」


凛の言葉は一方的で、悠斗に拒否する余地を与えないような強さがあった。


「あの……もし、協力したくない場合は……?」


悠斗が恐る恐るそう尋ねると、凛は一瞬だけ、その鋭い眼光をさらに強くした。「我々は、あなたのような力を持つ者が、その力を独断で使用することで起こりうる危険性を考慮する必要があります。もしあなたが協力を拒否されるのであれば、残念ながら、別の手段を講じることも検討せざるを得ません」


それは、明らかに脅迫だった。別の手段……一体、何を意味するのだろうか?悠斗は背筋に冷たさを感じた。


「分かりました……協力します」


他に選択肢がないと感じた悠斗は、渋々そう答えた。凛は僅かに頷き、「賢明な判断です」と言った。


「それでは、近いうちに改めて連絡します。それまでは、今日のことは誰にも話さないでください」


そう言い残して、凛はコンビニエンスストアを後にした。彼女の去った後、店内に残されたのは、悠斗一人だけだった。


渡された協力者の身分証を握りしめながら、悠斗は深い不安に襲われていた。平凡だった日常は終わり、見えない何かに巻き込まれてしまった。


その日の夜、悠斗は暦に連絡を取り、今日あった出来事を話した。電話の向こうで、暦は驚いた声を上げた後、深刻な面持ちで言った。「やっぱり、政府も動き出したんですね……私も、以前から彼らの存在を感じていました」


暦の話によると、彼女もまた、数ヶ月前に政府らしき機関の人間から接触を受けたことがあるという。しかし、その時はうまく逃れることができたらしい。


「悠斗くん、気をつけてください。彼らは、私たちの力を利用しようとしています。決して、彼らの言いなりになってはいけません」


暦の警告に、悠斗は強く頷いた。政府の目的は何なのか?本当に、自分たちの力を社会のために役立てようとしているのか?それとも、単に管理し、利用しようとしているだけなのか?


悠斗は、暦の他にも、自分が予兆を感じた他の女子学生たちのことを思い出した。彼女たちもまた、自分と同じように、政府に目をつけられているのだろうか?


翌日、大学で悠斗は、昨日予兆を感じた早乙女瑠璃に、勇気を出して話しかけてみた。


「早乙女さん、少しお話できますか?」


瑠璃は少し驚いた表情を見せたが、おずおずと頷いた。人気のない場所に移動し、悠斗は昨日の購買での出来事を感謝した上で、思い切って自分の身に起こった奇妙な体験について話してみた。時間が止まったように感じること、そして、政府機関の人間から接触を受けたこと。


瑠璃は目を丸くして悠斗の話を聞き、信じられないといった表情を浮かべていた。しかし、悠斗が詳細を語るうちに、彼女の表情は徐々に変化していった。


「もしかして……それは、本当に時間が止まっていたんじゃなくて……私たちが、ほんの一瞬だけ未来を見ていたのかもしれません」


瑠璃の口から、暦と同じような言葉が出たことに、悠斗は驚愕した。


「君も……同じような体験を?」


悠斗がそう尋ねると、瑠璃は静かに頷き、自身の体験について語り始めた。彼女もまた、ごく短い時間だけ未来が見えることがあるという。それは、主に危険な出来事が起こる直前で、まるで警告のように現れるらしい。


「昨日の購買の時も、私は雨宮くんが声をかけてくれる少し前に、飲み物が落ちてくる未来を見たんです。だから、雨宮くんがそう言ってくれた時、本当に驚きました」


瑠璃の話を聞き、悠斗は確信した。自分を含め、未来に跳躍する力を持つ人間が、少なくとも三人いる。暦、そして瑠璃、そして自分。


そして、昨日、天気予知のような能力を見せた一条葵のことも気になった。彼女もまた、何らかの形で未来に関わる力を持っているのかもしれない。


悠斗は、自分と同じような力を持つ彼女たちと連絡を取り合い、協力していくことが、政府の思惑に対抗するための唯一の手段かもしれないと考え始めた。


しかし、まだ出会っていない他の能力者たちはどこにいるのだろうか?そして、政府は一体、自分たちをどうしようとしているのだろうか?


不安と疑問が渦巻く中で、悠斗は暦、そして新たに能力を持つことが分かった瑠璃と共に、これからどう行動していくべきか、秘密裏に話し合いを始めることにした。政府の影が迫り来る中、彼らの平凡な日常は、予想もつかない方向へと進んでいこうとしていた。

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