第5話 接触とそれぞれの能力

水瀬藍里の一件以来、悠斗は自分の周りで起こる小さな予兆に、より注意深く目を凝らすようになった。日常生活の中で、ふとした瞬間に感じる違和感。他の人が気づかないような、ほんの一瞬の出来事の中に、未来への手がかりが隠されているのではないかと考えるようになったのだ。


そして、その予感は再び的中した。


大学の購買で昼食を買おうと列に並んでいた時、悠斗は前方にいた眼鏡をかけた大人しそうな女子学生に目が留まった。彼女は手に持ったお弁当を何度も見つめ、何かを決意したような表情を浮かべた。その瞬間、悠斗は彼女が数秒後の未来で、そのお弁当を床に落としてしまい、酷く落ち込んでいる姿を見たような気がした。


時間が戻ると同時に、悠斗は咄嗟に彼女に声をかけた。「すみません、少しだけ後ろに下がってもらえませんか?」


突然のことに、女子学生は戸惑った表情を浮かべたが、悠斗の真剣な様子に気づき、言われた通りに一歩下がった。その直後、彼女のいた場所に、列の後ろに並んでいた男子学生が持っていた飲み物が誤って落ち、中身が飛び散った。


「きゃっ!」


女子学生は驚きの声を上げたが、もしあの時、悠斗が声をかけていなければ、飛び散った飲み物は彼女のお弁当を直撃していただろう。


「大丈夫ですか?」


悠斗が心配そうに声をかけると、女子学生は目を丸くして悠斗を見つめた。


「あ、ありがとうございます……一体、どうして……?」


彼女の名前は、早乙女 瑠璃。文学部の学生で、内気な性格のようだった。悠斗は事情を説明することはできなかったが、「たまたま、そんな気がしたんです」と曖昧に答えるしかなかった。


瑠璃は不思議そうな顔をしていたが、感謝の言葉を何度も口にした。悠斗は、また一人、未来の予兆を見た相手と接触を持つことができた。


暦、楓、藍里、そして瑠璃。これで四人。残りはあと三人。彼女たちは一体どこにいるのだろうか。そして、それぞれの能力は一体何なのだろうか。


暦は未来への跳躍。楓は絵を描くことに関係があるのだろうか?藍里は何かを探す未来を見たが……そして瑠璃は、災いを避ける未来を見たような気がする。


悠斗は、それぞれの出会いを振り返りながら、彼女たちの能力について推測を巡らせていた。


そんなある日、悠斗が大学の屋上で一人で昼食をとっていると、背後から元気な声が聞こえた。


「ねえねえ、そこで一人で何してるの?」


振り返ると、そこに立っていたのは、鮮やかな赤い髪をした、明るく人懐っこそうな女子学生だった。彼女は好奇心旺盛そうな瞳で、悠斗をじっと見つめている。


「別に……ただ、昼食を」


悠斗がそう答えると、彼女はにっこりと笑い、悠斗の隣に腰を下ろした。


「そっか!私もここで食べようっと!あ、私、一条 葵って言います!よろしくね!」


突然の自己紹介に、悠斗は少し戸惑いながらも、「雨宮悠斗です。よろしくお願いします」と答えた。


葵は、まるで昔からの友人のように、屈託のない笑顔で話しかけてきた。彼女の明るさは、どこか人を惹きつける魅力があった。


昼食後、葵は悠斗に、「ねえ、ちょっと手伝ってくれない?」と頼んできた。聞けば、大学の文化祭で使う小道具を運ぶのを手伝ってほしいらしい。


仕方なく手伝うことにした悠斗だが、重い荷物を二人で運んでいる途中、葵はふと立ち止まり、空を見上げた。


「あ!雨が降ってくる!」


彼女がそう言った瞬間、悠斗は空を見上げたが、まだ太陽が照っていて、雨の気配は全くなかった。「でも、まだ晴れて……」と言いかけた悠斗の言葉を遮るように、空からポツリ、ポツリと雨粒が落ちてきた。


みるみるうちに雨足は強くなり、二人は慌てて屋根のある場所に避難した。


「すごいでしょ!私、結構、天気が当たるんだ!」


葵は得意げな表情でそう言った。まるで、自分の予言が的中したことを誇らしげに語っているようだった。


天気予知の能力?それが葵の力なのだろうか。


これで五人。残りはあと二人。


その数日後、悠斗は大学の図書館で、非常に珍しい光景を目にした。誰も座っていないはずの席に、突然、一冊の本が現れたのだ。それは、悠斗がまさに今、探していた専門書だった。


周囲を見回しても、誰もいない。まるで、本がそこに出現したかのように。


その本を手に取ると、中には丁寧に栞が挟んであった。そして、その栞には、可愛らしい字で「雨宮悠斗様」と書かれていた。


一体誰が?そして、なぜ自分が探していた本が、まるで魔法のように現れたのだろうか?


その疑問を抱えながら、悠斗は図書館の中を探し回った。そして、隅の静かな席で、一人読書をしている少女を見つけた。彼女は、淡い紫色の瞳を持ち、どこか神秘的な雰囲気をまとっていた。


悠斗が声をかけようとした瞬間、彼女は顔を上げ、悠斗の方をじっと見つめた。そして、わずかに微笑み、そっと人差し指を口元に当てた。まるで、「今は話しかけないで」と言っているかのようだった。


しかし、その瞳の奥には、何か深い知識と理解が宿っているように感じられた。彼女こそ、あの本をここに置いた人物なのだろうか。そして、彼女の能力は一体何なのだろうか?


六人目。残るはあと一人。


そして、最後の出会いは、思いがけない場所で訪れた。


いつものようにコンビニエンスストアでアルバイトをしていた深夜のこと。店内に、見慣れない女性客が入ってきた。彼女は、全身を黒いレザーのジャケットとパンツに包み、鋭い眼光で店内を見回していた。


その視線が悠斗と合った瞬間、悠斗は全身に電撃が走ったような衝撃を受けた。彼女の瞳の奥には、強い意志と、どこか悲しげな孤独が宿っているように感じられた。


女性は、無言で棚に並んだエナジードリンクを手に取り、レジへとやってきた。


「お会計お願いします」


低く、落ち着いた声だった。悠斗がバーコードを読み取ろうとした瞬間、女性はふいに顔を上げ、悠斗の目をじっと見つめた。


「あなたは……雨宮悠斗、ね?」


彼女は、まるで全てを知っているかのように、悠斗の名前を口にした。


「え?あ、はい……」


悠斗は驚きで言葉を失った。なぜ彼女が自分の名前を知っているのだろうか?


「私は、神崎 凛と申します」


凛と名乗った女性は、そう言って、悠斗に一枚の名刺を差し出した。そこには、『内閣情報調査室 特殊事案対策課』と書かれていた。


内閣情報調査室……それは、政府の諜報機関ではないか。特殊事案対策課とは一体?


「あなたには、少し話を聞きたいことがあります」


凛の言葉は、悠斗の心臓を凍りつかせるほど冷たく、そして重かった。平凡な大学生だった悠斗の日常は、完全に終わりを告げようとしていた。

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