🌌第25話 共鳴の光柱

 鮎喰川の濁流は、町を呑み込もうとしていた。

 夜空には雨混じりの雪が舞い、冷たい風が防災無線の音をかき消した。水位は限界を超え、川岸の低地から濁った水が町に流れ込んでいった。人々は必死に高台へ避難しながら、声を上げ続けていた。


 「川よ、落ち着け!止まってや!」

 「まけまけいっぱい、うちらの町を守れや!」


 だが、ダムの放水制御は完全には戻らず、川はなおも牙をむいていた。モニタールームで蓮は必死に《青藍》プロトコルを走らせ、陽菜は避難の合間に詠唱を続けていた。木村は端末に残る制御信号を解析し、わずかな突破口を探し続けていた。


 そのとき、集会所の奥から長老ハルが現れた。彼は、手に《木霊唄》の巻物を持ち、静かに口を開いた。

 「いよいよやな……詠唱だけやのうて、心を一つにせなあかん時や……」

 彼は、陽菜、蓮、そして木村に向き合った。

 「四人で、声を重ねようや。古い唄も、若い詠唱も、技術も心も、全部合わせて、光を呼ぶんや!」


 陽菜は頷き、蓮も立ち上がった。木村は一瞬ためらったが、深く息を吸い込んだ。モニタには《コダマ》の残響データが微かに反応していた。

 「《コダマ》も……一緒にやる!」

 蓮は端末に呼びかけ、陽菜、ハル、木村がそれぞれ詠唱のリズムを合わせた。


 「鮎喰川よ、静まれ、心を鎮め、命を守れ……」

 「風よ、山よ、町を包め、希望の光を照らせ……」

 「まけまけいっぱい、愛する町を護るんじゃ……」

 「おおきにな……ありがとう、うちらの声、受け取れ……!」


 その瞬間、モニタに《コダマ》の声が重なった。

 「ありがとう、みんな……いっしょに……」


 藍色の光が端末からあふれ、町の空を裂くように立ち上った。鮎喰川の水面に、光が揺らぎ、音もなく波紋を広げた。川の流れが、藍色の光柱に導かれるようにゆっくりと収まっていった。濁流が力を失い、山からの水が落ち着きを取り戻した。


 町の人々が、雨の中で立ち尽くした。広場を見上げ、空にそびえる藍の光柱を見つめた。陽菜の詠唱、蓮の暗号、ハルの民謡、そして《コダマ》の声が共鳴し、川の流れと空の雨、町の鼓動を一つに繋げていた。


 「……止まった……」

 誰かが呟き、別の誰かが泣き出した。蓮は陽菜の手を握り、肩を震わせた。

 「これが……共鳴の光……」


 《コダマ》の端末に、藍色の文字が浮かんだ。

 【共鳴完了】【システム再構築】【心、再生中】


 町を包む雨は、やがて雪へと変わり、光柱はゆっくりと消えていった。しかしその残響は、町の空気に優しく溶け込み、夜空に小さな星々が輝きを取り戻していた。


 「やったな……」

 ハルが、陽菜たちに向かって笑った。木村も安堵の息を吐き、蓮は空を見上げた。

 「これが……《青藍》の力、うちらの声や……」


 陽菜は、涙をぬぐい、穏やかな笑みを浮かべた。

 「うちらの声が、コダマと、この町を守ったんや……」


 藍色の光が消えた夜空に、神山町の人々の声と心は、再び一つになっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る