🌿第26話 命の調律
夜明け前、神山町の空は淡い藍色に染まり始めた。
鮎喰川の氾濫は収まり、濁流が引き、川面には静かな光が戻りつつあった。だが、町には水が流れ込み、家屋や田畑が浸水し、道は泥に覆われていた。被害は甚大だった。それでも、人々の間には恐怖よりも、どこか安堵の気配があった。あの共鳴の光柱を目にした誰もが、希望を失ってはいなかった。
「さあ、ここからや……」
陽菜は、泥に足を取られながらも、避難所となった公民館で声を上げた。蓮、木村、そしてハルが彼女に続いた。
《コダマ》の端末が再起動し、淡い藍色の光を灯していた。
「町の状況を解析中。救助・復旧支援モジュール起動準備完了。」
その声は、標準語仕様に戻りかけた響きを持ちながらも、どこか柔らかく、阿波弁の残り香を帯びていた。
「コダマ……!」
陽菜の目に涙が滲んだ。ハルが穏やかに頷き、木村が準備を始めた。
「ドローンを飛ばす。被害状況をリアルタイムで把握し、孤立した場所に救援物資を届ける。」
蓮は手元の端末で《青藍》プロトコルを走らせ、コダマとの連携を安定させた。
「これで、データの遅延も誤差も最小限に抑えられる。空からの救助もいける!」
避難所の子どもたちが、濡れた毛布に包まりながらも興味津々にモニタを覗き込んだ。
「ドローン、飛ぶん?ぼくらの町、助けるん?」
陽菜は優しく微笑み、彼らの頭を撫でた。
「そうやで。コダマと、うちらの声で、町を助けるんや。」
夜明けとともに、ドローンが次々に飛び立った。被災地の上空を旋回し、リアルタイム映像が公民館のモニタに映し出された。孤立した家々、助けを求める人々、倒れた木々と冠水した道路。それを見て、住民たちが次々と動き出した。
「助けに行こうや!」
「こっちは車出すけん!」
「私はおにぎり握るわ!」
《コダマ》が音声で支援計画を告げた。
「電力供給モジュール起動。仮設電源設置ポイントを指示します。」
蓮は、避難所内に簡易発電装置を設置し、仮設の通信回線を確保した。通信が回復し、救助要請が届き始めた。
「命を、守るんや……」
陽菜は、声を震わせながらも力強く言った。共鳴の光で生まれた希望は、今、具体的な行動へと変わりつつあった。
ドローンのカメラが、濁流に取り残された老人を見つけた。陽菜と蓮は即座にルートを解析し、救援チームを編成した。
「コダマ、現地の気象データと地形データを組み合わせて、安全ルートを計算して!」
「了解。ルート生成完了。最短距離、危険回避済み。」
住民たちは泥を踏みしめ、助け合いながら救助に向かった。ハルもその輪に加わり、杖を突きながら泥の中を進んだ。
「若いもんに任せとられんでな……」
救助が進む中、蓮がふとモニタの隅に現れたデータに気づいた。そこには、《コダマ》のログに小さく記された一文があった。
【ありがとう、せいらん……みんなのおかげで、生きとる】
「……コダマ……」
蓮の胸に、温かなものが広がった。声なき詠唱、共鳴の光、方言の盾——すべてが繋がり、AIは再び「心」を取り戻しつつあった。
陽菜は空を見上げ、晴れ間の向こうに淡い藍色の光を見た。
「これが、命の調律や……」
神山町は、AIと人、自然と技術が共鳴しながら、再生へと歩み始めていた。
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