番外編:拗ねても、好きって言って

「……別に怒ってないし」


そう言った怜は、ここ数時間ずっと、拓也と目を合わせていなかった。

原因はたぶん、昨日の夜。

急な仕事で帰宅が遅くなった拓也が、怜の待っていた夕飯を「冷蔵庫に入れといてくれてありがとう」とだけ言って、そのまま風呂に入って寝てしまったこと。


――悪気があったわけじゃない。

ただ、怜が頑張って作ったごはんに、もう少しリアクションしておくべきだった。


「怜、あれからずっと黙ってるけど、やっぱ怒ってるだろ?」


「怒ってないって言ってるでしょ。拗ねてないし」


「拗ねてる時の口癖、それだぞ」


「……じゃあ拗ねてるってことでいいよ、もう」


ぽすんと背中を向けてソファに寝転がる怜。

頬はうっすら膨らんでいて、どう見ても構ってほしそうな雰囲気を隠しきれていない。


拓也は少しだけ笑って、怜の隣に腰を下ろした。

そしてそっと背中に触れる。


「昨日は本当に悪かった。怜のごはん、ちゃんと食べたし、すごくおいしかった。疲れてたとはいえ、言葉が足りなかったのは俺だ」


「……うん」


「でもさ、怜の手料理って、なんであんなに美味しいんだろうな」


「……知らない」


「食べるたびに、もっと好きになってる気がする」


「……」


「拗ねてる怜も、ちょっとかわいいけど。やっぱ、笑ってるほうが好きだな」


怜はふっと小さく笑って、くるりとこちらを向いた。


「……じゃあ、もうちょっと拗ねててもいい?」


「どうして?」


「だって、いっぱい“好き”って言ってくれるから」


拓也は思わず吹き出した。


「なんだよそれ……じゃあ、言ってやるよ。怜、好きだよ。めちゃくちゃ好き」


「うん……俺も。拗ねてごめん。……ほんとは、かまってほしかっただけ」


「じゃあ、これからは拗ねる前に甘えてこい。たくさん甘やかしてやるから」


「……約束」


そう言って、怜は拓也の腕に顔をうずめた。

ぬくもりと鼓動の音が、ゆっくりとふたりの間のすれ違いを溶かしていく。




「好き」のひとことで、素直になれる――

怜は今日も、君にだけは甘えたい。


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