番外編:ぬるいお湯と、熱いキス
「拓也、一緒に入ろ」
そう言われたとき、拓也はちょうどリビングで雑誌をめくっていた。
顔を上げると、怜はすでにバスタオル姿で、濡れた髪をタオルでくしゃくしゃと拭いている。
「いきなりだな」
「だって、今日は取材も原稿も頑張ったから、ごほうび欲しい気分」
「……お風呂がごほうびなのか?」
「拓也と入るお風呂が、ね」
そういうところだけ甘えるのが本当にうまい。
少し呆れながらも、タオルを持って立ち上がると、怜が嬉しそうに笑った。
バスルームは、湯気に満ちていた。
ぬるめに張ったお湯にふたりでゆっくり浸かると、自然と肩がふれあう。
「はあ……しあわせ」
「お湯につかるだけで?」
「ちがう。拓也の隣で、何もしない時間がしあわせ」
そんなことをさらっと言うから、心臓の鼓動が落ち着かない。
怜は肩に頭を預けながら、指先を拓也の腕にすべらせてきた。
ゆっくり、なぞるように。
「ねえ……好きって、言って」
「お前、そればっかりだな」
「でも、言われるたびに、嬉しいんだもん」
拓也はため息まじりに、けれど優しく微笑んで、怜の頬を両手で包んだ。
「好きだよ。誰にも見せないお前も、こうして甘えてくるお前も、ぜんぶ」
「……ん。じゃあ俺も、好き。拓也の手も、声も、全部」
ふたりの顔が近づいて、静かに唇が触れた。
熱すぎない湯のなかで、唇だけが熱を帯びていく。
「……のぼせるぞ」
「先にキスで溶けてるのは、拓也だけどね」
「はいはい。あとで冷たい麦茶、出してやるから」
「拓也が口うつしでくれたら、飲む」
「……お前なあ」
くすくすと笑う怜に、拓也はそっともう一度、口づけた。
湯気の向こう、言葉よりも確かなぬくもりだけが、バスルームに静かに満ちていった。
肌がふれたら、心までとろける――
それが、君とのバスタイム。
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