番外編:この景色も、君とだから

初めてのふたり旅は、怜のリクエストで、海沿いの静かな温泉地になった。

仕事のスケジュールを調整し、ようやくとれた2泊3日の休み。

拓也は内心、怜が旅行をしたいなんて言うとは思っていなかった。


「怜ってさ、基本引きこもりじゃん。どうして急に?」


「たまには外の空気も吸いたいって思っただけ。……それに、“ふたりだけの時間”って、こういうのもいいでしょ?」


車窓から流れる景色を見ながら、怜は横目で照れたように笑った。




到着した旅館は、こじんまりとした隠れ家のような場所。

部屋に入ると、怜はさっそく窓際の縁側に座って、波の音に耳を傾ける。


「……静か。都会と全然ちがうね」


「こっちまで落ち着いてくるな」


「拓也が隣にいるから、余計にかも」


そう言って、怜は拓也の手にそっと自分の指を絡めた。

ふたりとも、言葉よりもぬくもりで通じ合う時間が、何より心地よかった。




温泉につかり、地元の魚が並んだ豪華な夕食を食べ、ふたりは浴衣姿で縁側に腰掛けていた。

外はすっかり夜。波音と虫の声だけが響く静かな時間。


「こういうの、クセになりそうだな」


拓也がつぶやくと、怜がうなずく。


「また来よう。……でも次は、もっと遠くでもいいかも。海外とか、リゾートとか――」


「お、ずいぶん気が大きくなったな。まずはパスポート取ってから言おうか」


「ん、そうする」


怜はくすっと笑って、身体を寄せる。


「ねえ、拓也。今日、幸せ?」


「もちろん。怜とこうして来られたのが、俺の幸せだよ」


「……俺も。ずっとこうしていたい」


ふたりの影が、月明かりの中で静かに重なる。

非日常の時間は、ふたりにとって“当たり前の幸せ”の尊さを教えてくれた。


「明日は早起きして、朝風呂入ろうな」


「じゃあ、拓也が起こしてね。……キスで」


「それ、旅行限定サービスな」


「うそ。帰ってからも毎日ね」


怜のわがままは、どこまでも甘くて、

拓也はそれに笑いながら、そっと唇を重ねた。


初めての旅は、ふたりの記憶に、やさしくあたたかく刻まれていく――。


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