第1話 イースラン魔術学園

目覚めて、最初に見えたのは手だった。

多分、自分の手だろうとは思う。十歳くらいの大きさのその手を、俺は開閉しながら周りを見回す。


少し洒落た雰囲気の家だ。

観葉植物などで癒やされるという感覚は俺には到底理解など出来ないが、恐らくここの家族はそうなのだろう。

モダンな雰囲気で、酷く落ち着く。


俺は立ち上がり、ドアのすぐ横に立てられかけている姿見の前に立つ。


「予想通り、年は十歳くらいか。少し、珍しい見た目だな」


俺はそう言いながら、自分の髪の毛を触る。


首元で揃えられた黒髪に、紅色に染まった瞳。耳には瞳と同じ紅色の耳飾りがされており、触った感じから魔紅石ということが分かる。


魔紅石を身に着けているという事は―――――――――紅魔こうま族か。


紅魔族というのは、生まれつき五感と魔力が優れている種族だ。種族としての特徴は見た目には現れないが、その全員が必ず、この『魔紅石まこうせき』と呼ばれる魔石で作られたものを身に着けている。

魔紅石は、簡単に言うと持ち主に魔力を溜めておく魔石だ。

溜めること自体は誰でも出来るのだが、その溜めた魔力を使うことが出来るのは紅魔族だけだ。


ちなみに前世の俺は普通の人間だったので、魔力量は紅魔族よりは劣っていた。

そう思いながら俺は、自分の耳飾りを触っているとドアが開いて少女が顔を出した。


「あ!お兄ちゃん!」


俺と同じ黒髪に、翡翠色の瞳の少女だ。「お兄ちゃん」という言葉から、俺の妹だろうか。少女は、俺を見ながら腰に手を当てて、


「もうお兄ちゃんったら!なんでぼーっとしてるの!?」


「・・・・・・今日は何かあったか?」


「なんで覚えてないの!?今日はイースラン魔術学園の入試だよ!?」


少女はそう言いながら俺の手を引く。

そういえば、俺はこの少女の名前を知らないな。妹ということしか分からない。

紅魔族ならばと思い、俺は身体の中の魔力を高め、魔法を発動する。


情報察知サーチ・アイズ


俺の紅色の瞳に、スコープのような模様が浮かび上がっているだろう。


この魔法は、視界に写っている者の情報が分かるという便利なものだ。前世から俺が引くくらい使用していた魔法でもある。だが、この魔法にも欠点はあり、相手が無意識に隠している情報は分からないという欠点だ。

まあ、妹ならばだいたいの情報は分かると思うが。それにしても、前世の感覚はしっかり残ってるな。この調子なら、前世で使ってた魔法も使える。


『名前:アルシア。年齢:八歳。魔法属性:風』


必要な情報だけを俺の目は拾う。

アルシア、か。そういえば、俺の名前はなんだろうな。『情報察知サーチ・アイズ』だと、俺自身の情報は分からないからどうしようもない。


俺はそのまま、アルシアに手を引かれたまま家の外へ出る。

外にいたのは二人の男女だ。恐らく、三十代前半くらいのその二人は、俺とアルシアと容姿が似ていることから俺らの両親だと思う。


「アルシア、ありがとね。連れてきてくれて」


「もっちろん!お兄ちゃんったら鏡の前でぼーってしてたもん!」


「エルダでも緊張することがあるんだな!まあ、仕方ないか!」


父親であろう男性は、俺の頭を荒く撫で回しながら豪快に笑った。

男性―――――――――父さんが言うに、俺の名前はエルダか。家名も知りたいのだが、どうすれば知れるだろうか。アルシアに発動した『情報察知』だと、そこまで拾えなかったからな。


俺は父さんに撫でられているのに無抵抗なまま、尋ねた。


「今日はどこか、行く予定だった?」


「緊張してるにしても忘れるのはダメだろ!今日は、お前が行きたいって言っていたイースラン魔術学園の入試だからな!」


「イースラン・・・・・・ああ、思い出した」


父さんの言葉に、俺はとりあえず状況を理解する。


イースラン魔術学園とは、この世界に存在する超名門魔術学園だ。

数多に存在する魔術学園の中でも魔術の威厳とも言える魔術学園で、俺が生きていた時代もあった。師匠も俺を通わせてくれて、とても思い出のある学園だ。


確か、俺の記憶が合っていれば中等部と高等部があったはずだ。

中等部は特に学科などは分かれておらず、高等部の各学科に入るには受験に受からなければ入ることは出来ない。

中等部は十歳から十五歳の六年間で、高等部は十六歳から十九歳の四年間。


再び、あの学園に通うことになるのか。俺が在籍してた時の先生はいるのかな。

俺がそう思っていると、女性――――――――母さんが笑いながら話しかけてきた。


「でも、合格できなくても入試を受けるだけですごいことよね。だって、二百年前はあの伝説の魔術師だった『修羅の処刑人』も通ってたんでしょ?」


母さんは頬に手を当てながらそう笑う。

ん?『修羅の処刑人』?二百年前?


俺は母さんの言葉に、頭が真っ白になる。

ということは・・・・・・・・・・・・この世界は、俺が生きていた世界の二百年後?『修羅の処刑人』は俺の異名だったし、他にそう呼ばれた奴は俺の知る限りはいないと思う。


まさかの事実発覚に俺は額を抑える。その行動に隣で俺の手を握るアルシアは首を傾げているが、すまん。少し落ち着かせてくれ。


まず、二百年も時が経った時代に生まれ変わったことに驚いた。なんでそんな時間経ってんだよ。意味分かんねぇよ、ふざけんな。

そう思いながらも、とりあえず落ち着くことは出来たからもう大丈夫だ。


そのまま、俺は話しながら先を行く両親に急いで着いて行った。




◇◆◇◆◇◆



色んな乗り物を乗り継いで時間をかけ、家族は学園へと向かう。


しばらくして、見えてきたのはめちゃくちゃでかい学校だ。

まるで城のような厳かな雰囲気の校舎は、俺がいた頃と何も変わっていない。

懐かしい気持ちになるが、今はそんな場合ではない。


「えーっと・・・・・・確か、受付がこっちだよな」


父さんがそう言うのを聞きながら、俺は辺りを見回す。

周りには俺と同い年くらいの子供がいて、近くにはその子供の家族らしき大人もいる。


やっぱり名門学園だな、受験者数も半端ない。ここに入学しとけば、将来は安泰だからな。その発想は理解できる。俺の師匠は完全に修行目的だったけど。


父さんが受付を終わらせて、家族揃って学園内に入るためのどデカい校門をくぐる。

ちなみにこの学園の敷地は半端ない。


生徒の寮がいくつもあったり公共施設があったりと、その広さは一つの国と化している。高等部には学科がいくつもあって、その学科のための都市まであるくらいだ。こんな馬鹿げたデカさの学園を作ったお偉いさんがすげえと思う。


「試験を受ける方はこちらです」


受付嬢の声が聞こえて、俺はそっちを見る。


そこは試験会場の入口で、受験者はあそこに行かないといけないらしい。俺の時と試験内容が変わってないと良いけど、変わってたら面倒くせえな。


「ほら、エルダ。あそこで試験するらしいから、行ってきなさい」


「私たち家族は客席で見れるらしいから、みんなでエルダのこと、応援しとくわね」


「お兄ちゃん!頑張ってね!あたしが大きな声で応援しとくから!」


「はいはい・・・んじゃ、行ってくる」


笑顔でそう言ってくれる家族に手を振りながら俺は、入口の方へと駆けた。




◇◆◇◆◇◆




試験会場は『コロシアム』と呼ばれる円形の闘技場だ。魔法の訓練や、体術訓練などはここで行ったりする。いつ見てもでけえな。


俺は受付嬢に声をかけて、『控室』と書かれた大部屋に案内された。


そこには同い年くらいの子供――――――――受験者が何人もおり、パッと見でも百人はいると思う。やっぱりめっちゃ多いな。


「つっても、受かる人数は意外と多いんだよなぁ・・・・・・」


俺の時代に生きていた奴はみんな優秀だ。よく言う『金の卵』ってやつだな。子供ながらに高度な魔法を使えるやつも多かったし、俺の友人もみんな強かった。

今回はどんくらいの人数が受かるんだろうな。まあ、ざっと五百人は受かるかもな。


俺がそう思いながら顎に手をやっていると、突然、歓声が響いた。


「首席で高等部合格を果たした天才――――――――シエロ・エーテリウスだ!!」


その声に振り返ってみると、そこには背の高い男が居た。


腰まで伸びた金髪を一つに結んだ、碧眼の男。一般的な感性からすると、多分あれこそが『顔の良い男』って感じだ。俺にはよく分からん。

さっきの言葉からして、高等部の生徒か?なんでこんなところに・・・・・・あ、見学的な?高等部は見に来ることが出来るもんな。それか、あと一つだけ来る方法があるんだが・・・・・・


そう考えながら俺は、シエロと呼ばれたその生徒を遠くから見る。


「やあ、受験者の子達だね。僕はイースラン魔術学園高等部、シエロだ。今日は君たちの試験監督を担当させてもらうから、よろしくね」


優しく微笑みながらシエロの言葉に、俺は「やっぱり・・・」と呟いた。


高等部の生徒が試験に来るもう一つの方法、それは試験監督だ。

試験の前年で最も優秀だった高等部の生徒が、試験監督としてこちらにやって来る。俺も呼ばれたことあったなぁ、魔術研究を優先したから断ったけども。


俺の目からしても、シエロは相当優秀な魔術師だ。俺の時代にいた新人魔術師があんくらいの実力だった気がする。


シエロは指を三本立てて、微笑んだまま説明を始めた。


「君たちにはこれから、三つの試験を受けてもらう。一つ目は魔術師としての素質を測る、二つ目は魔力の操作を、そして三つ目は――――実際に魔術師として戦えるかどうかを試す」


シエロの説明を聞きながら、俺は思う。


大まかな試験自体は俺の時と一緒、やっぱりいつまで経っても変わらないもんなのか。前半二つは簡単なもんだが、問題は最後の実戦試験だ。この試験だが、毎年何をするか変わる。俺の時は腕利きの魔術師に一撃でも加えられたらOKだったが・・・。


「君たちの活躍、そして合格を果たすことを願っているよ。それじゃ闘技場フロアに来てね。遅れたらどうなるか分かんないよ?」


最後まで微笑みながらそう言うシエロ。そのまま靴音を鳴らして、俺の横を通って控室から出ようと足を進め、


「君・・・」


シエロが俺の横で足を止めた。


その碧眼は俺の顔を凝視しており、俺はその目線にシエロが思っていることを予想した。


――――――――魔力を抑えてなかった。

この場にはシエロと受験者しかおらず、受験者のようなひよっこには人の魔力はまず見えない。だが、シエロはこの学園の生徒の中でも屈指の魔術師だ。魔力など常に見えている。


――――――――俺の魔力量は、前世よりも大幅に増えている。それはここに向かう道中で確認していたから、俺は知っていた。

シエロの目に映る俺の魔力量は、普通の子供の魔力量ではないだろう。簡単に言うと熟練の魔術師くらいだな。これでも抑えてたんだけどなあ・・・・・・。


シエロは俺の頭からつま先までじっくりと見ると、


「今年の受験者は優秀だね」


そう、笑いながら控室を出ていった。


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転生したら魔術学園のEクラスに配属されたので、元最強だった俺は無双しようと思う。 夏のこたつ @natu_0106

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