転生したら魔術学園のEクラスに配属されたので、元最強だった俺は無双しようと思う。

夏のこたつ

プロローグ

――――――『修羅の処刑人』――――――



俺は、二百年前のこの世界でそう呼ばれていた。

とめどなく溢れてくる好奇心から世界のあらゆる魔法を網羅して、世界の脅威と呼ばれていた魔族を何度も、何十年も葬ってきた。


周囲からは呆れるほど、地位にも金にも興味がなかったらしい。

そりゃそうだ。俺の好奇心はこの世に存在する魔法に関係するものにしか向かない。地位も金も、俺にとっては大して価値もないものだ。



――――――そんな俺が、死んだのはいつだっただろうか。



確か、満月が地上を照らす真夜中だった。

俺はいつも通り、人類に危害を加え、災いと呼ぶに相応しい魔族を葬っていた。そこら辺には大量の死体、死体、死体、死体だ。全部、俺が殺した魔族の死体。

体中に返り血を浴びた俺は、真っ赤な視界で次の標的を探していた。


ふと、俺の視界に写ったのは、エルフのように微かに長い耳を持つ若い男だった。

濃い紫色の長い髪から空に向かって伸びる漆黒の角が生えており、赤色の鋭い瞳が特徴的な男だ。


線の細い身体を角と同じ漆黒の装束に身を包んだその男は、魔族の死体に囲まれる俺を見て愉快げな笑いを零した。


「我が同胞が、これ程若い魔術師に殺されるなど・・・・・・とても愉快な事だ」


男はそう言いながら、靴音を立てながら俺に近付いてくる。


紫の長髪に、赤色の瞳――――――最強の魔族であり、天災と呼ばれるに相応しい魔族である『混沌の王』、アビスだ。


アビスは、全身が血によって紅色に染まっている俺を見ると、再び愉快げといった風に喉を鳴らした。


「齢はまだ二十四、二十五といったところか。若いのによくやる男だ。人類の魔術では俺ら魔族には、到底及ばないと思っていたものだが・・・・・・これは驚いたな」



本当に驚いているのか、この男は。

俺はアビスに対して、そう思ったがすぐさまその考えを放棄する。魔族にはまともな感情なんて無い。こいつらは、人間を騙すその為だけに言葉を使い、感情なんて無いただの殺戮種族だ。


俺はアビスに対して、右手に持った薙刀を向けた。

その刃先も魔族の血が滴っており、手入れしなければ錆びてしまうなど、どうでもいい事を考えていた。


「ほぉ―――――俺を見てもその戦意と殺意が消える事は無いのか。見事なものだ」


「お前らの戯言に耳を貸すつもりは無い。さっさと死ね」


俺はそう言って、力強く大地を踏み、アビスのその顔に刃を向ける。

アビスは俺の刃を避ける動作すらもしない。刃がアビスの顔に当たる寸前で刃は音を立てて折れた。


「魔族が使うと、初歩魔法すらも高度魔法のような威力を持つ。それが、防御魔法でも同じだ」


アビスの身体を守るように展開された球体だ。

人間でも使う事が出来る防御魔法だが、アビスのあれは同じものとは到底言い難い。


魔法を使用する際は、魔術式は一つのみというのが基本だ。

上級魔術師となれば、同時に複数の魔術式を使用する事は可能だが、多くて三つが限界だ。なのに、この男はあんな初歩魔法に、何百ものも魔術式を組み込んでいる。


こんな時に限って、俺の魔法に対する好奇心が溢れてくる。


「お前のその目は変わっているな。俺の魔法を見ると、人間は魔術式の量に恐れ、指先すらも動かせなくなるぞ」


アビスの言う通りではあるな。

あの魔術式の量は、人間は恐れるだろう。人間では生涯を賭けても到達する事は出来ない。


――――――それが、普通の人間ならばな。


「人間でも、魔術式は複数使用は出来る。まあ・・・・・・俺くらいだが」


俺がそう言うのと同時に、俺の周りに無数の金属質の武器が現れる。

錬成魔法と金属操作魔法を組み合わせた魔法だ。全く違う属性同士の魔法の同時発動というものは魔族か魔力操作に長けたエルフくらいじゃないと、出来ない。


俺は幼い頃からずっと鍛錬してきたから出来る。

普通の人間ならば出来ないが、俺にはエルフの師匠がいたから出来た。

周りの人間に恵まれていたものだなと、ふと思う。


アビスは俺の魔法に赤色の瞳を細めて笑う。


「俺が今まで出会った人間の中でも、お前は最も強い人間だ。誇れ、小僧」


「もう小僧っていう年でもねぇよ!」


俺とアビスはお互いにそう言い、そこから会話など必要はなかった。

お互い、魔法を駆使して致命傷を与えようと魔法を打ち合う。


俺は魔力の多い方ではあるし、魔族は人間よりも遥かに魔力量が多い。

それでも、これ程の戦いを十数分するだけで、魔力はすぐにカラカラになる。



――――――気付いた頃には、お互い満身創痍だった。



アビスは片方の角が折れており、至る所にある傷からは魔法を使いすぎた代償でモヤのような魔力が出てきては、消えている。

その赤色の瞳だけが、爛々とした輝きを失っておらず、戦意が消えてはいないということだけが分かった。


そう言う俺も、全身が傷だらけだ。

右肩の負傷のせいで、右腕は全く上がらないし、額から止めるのが嫌になる程の血が溢れている。早く止血しなければ、大量失血で命を落とすというのが分かるのに、まだ目の前の魔族と戦うという意思は消えない。


「――――――これが、お互い、最後の魔法だろうな」


「終わるのが惜しいな。お前程の人間とは今後出会えないだろうに」


空に向けた掌に、身体に残っている全魔力を込める。

現れるのは風魔法と雷魔法と炎魔法の魔術式が使用された巨大な球だ。


アビスも同じように水魔法の球の中に雷魔法、周りには風魔法を発動した球を発動する。



――――――――――――それが掌に離れたその瞬間、世界が消えるのではないかという思わせるほどの魔力の衝突が起きる。


辺り一帯が光に包まれたように真っ白になり、その中心にいた俺の視界も白に染まった。アビスの姿はもう見えない。俺の意識もすぐに消えるだろう。


―――――――願うなら、師匠にもっと恩返しがしたかった。

捨て子だった俺を拾って育ててくれた、師匠。独り身で寂しかったから子が出来て嬉しい気分だと、俺の頭を笑って撫でてくれた師匠を悲しませてしまう。


「すみ、ま、せん、師匠・・・・・・俺は、親、不孝、者で、す・・・・・・」


俺が微かな声でそう呟いた瞬間、俺の身体が消えていく。

指先から髪の毛の先まで、塵となって消えていくその感覚は、もう痛みすらも感じない。痛いのは嫌いだったが、死ぬという実感すらも無いのは嫌である。

声も、涙も、何もかもが消えては行く。



――――――――最後まで考えていたのは、やはり師匠の事だった。








ふと、俺は目を覚ました。

そこは、不思議な空間だった。


例えるなら、何もかもが混ざりあった世界だ。

白い世界にオーロラがかかっていて、見上げれば闇のように黒い空から星がこちらを覗いている。白と黒で表現された、と言うのが正しいのか。

美しくは思うが、ずっといると何とも言えない感覚に襲われ、気分が悪くなる。


俺はこの不可解な空間から一秒でも早く出たくなり、周囲を見回した。

――――――すると、はあったのだ。


「・・・・・・これは、なんだ?」


――――――それは、紅色の血に塗られた本だ。


この空間と同じように白と黒で装丁の、血にさえ塗られていなければ美しいと思うざるを得ない本だった。

その本は、宙に浮かんでいた。


まるで自分が誰かの所有物になることを望んでいるように、それとも、この空間の主のように浮かんでいるその本。


俺は不思議とその本に引き寄せられた。

分厚いその本は、俺が指先で微かに触れた途端、塵となって消えていった。

その消え方が、俺の最期の瞬間のように思えてくる。


完全に消失したその本があった場所を眺めていた俺は、背後からやってくる一つの気配に気づかなかった。


「その本は、汝の人生そのものだ」


背後から突然聞こえてきたその声は、まるで完璧に調律された楽器を彷彿させる美声だ。


俺がその声に背後へと振り返る。

そこにいたのは、厳かな雰囲気を放つ女だ。


全身を影のような闇のような漆黒の装束に包んでおり、顔は黒のベールによって覆い隠されており、どのような顔をしてるかは俺の目からは分からない。


なのに、何故か、とても美しく、それでいて愛らしさを持った顔をしてるのは分かった。


その女は、美声で言葉を紡ぐ。


「汝は、『混沌の王』と呼ばれる大魔族との戦闘の末、死んだ」


女の言葉に、やはり俺は死んだのかと思う。

ならば、ここはどこなのだ。死後の世界なのだ。

俺の今までの人生を見つめており、ここは俺の人生に判決を下し、天国か地獄に行くかを決める場所なのか。


そう考える俺に答えるように、女は白い手を腹の前で組みながら言った。


「この空間は、この世界に存在する全ての魂が還る場所であり、魂の行方を決める場所だ。汝はその命を落とし、この場に辿り着いた」


「じゃあ・・・・・・ここは、『ミ・アルマ』なのか?」


幼い頃、一度だけ本で読んだことがある。



――――――曰く、そこはあらゆる魂の還る場所。曰く、そこには魂の裁判官がおり、魂に判決を下す――――――



その一文が頭に流れてきて、俺は目の前の女を呆然と見つめる。

あの本が正しいのならば、この女は――――――――


俺が女に口を開こうとしたその瞬間だった。俺の意識が、歪み始めたのは。


「汝の罪は、契約を果たせなかったことだ」


「けい・・・やく・・・・・・?」


「よって、裁判官から汝に判決を下す」


女の足元の影が周囲を染めていき、不可解だったその空間は闇へと変わり果てる。

俺の意識はどんどん歪み、もうまともに立っていることも出来ない。

女は靴音すらも立たず、滑るような動きで俺に近付いていく。


「一度だけ――――――汝にもう一度、人生を与えよう。二度目のその人生で、契約を果たせなければ、汝の魂はもうどこへも還ることは出来ない。それを知った上で、汝に人生を与える」


女のその声に、俺の足元に底が見えない穴が発現し、俺の身体はそのまま落ちる。


契約なんて知らない。あの女も知らない。

なのに、俺の手はただひたすら、あの女へと伸びている、もう、届かないと分かっているのに、何故か、手はあの女を求めている。


――――――もし、あの本の、最後の一文が正しいのならば。


俺は穴から微かに見えるあの女を見つめた。

影のベールの向こうで、女が微かに俺に何かを言ったのが、見えた。


「――――――貴方ならば、きっと――――――」


その先は聞こえなかった。

そのまま、俺の意識は闇の中へと、消えて――――途絶えた。








――――――曰く、その裁判官は遥か昔に、大罪を犯した魔女である。

『魔女の罪』最終ページから抜粋。





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