第二部:時を彷徨う女 第10章 呼わばりの山の伝承
八王子の今熊山は、古くからただの山ではなかった。
この山は、霧が深く立ちこめる朝も、星が瞬く夜も、静かに人々の想いを受け止めてきた。
山頂にひっそりと鎮座する今熊神社の奥社。
その背後に、幾重にも重なった割れた茶碗の破片が、無数に積み重なっているのをご存じだろうか。
茶碗の欠片一つひとつに、消えた者たちへの想いが宿っている。
それは単なる土の器ではない。
失せ人や失せ物を呼び戻す、山の深淵に秘められた儀式の象徴だ。
今熊山は「呼わばりの山」として知られ、古くから「呼べば帰る」「呼び続ければ必ず帰る」と伝えられている。
失われた者を呼び戻すその因習は、単なる迷信ではなく、深い祈りと人の心の絆の表れであった。
山里の村人たちは、行方知れずになった者の形見の品や茶碗を山頂に持ち込み、祠の裏でそっと割る。
その破片は、彼らの「帰ってきてほしい」という切なる願いの証である。
伝説は、ヨネという不思議な女の物語を中心に広がっていった。
ヨネは、ある日突然この村で消え、また時折ふわりと姿を現した。
誰も彼女の本当の素性を知らず、彼女自身も己の過去を忘れていた。
ただ彼女の眼だけが、闇より深く、星のように静かに輝いていた。
ヨネは、時空を彷徨い、生と死、そして失われる者たちの魂を見つめ続ける存在だった。
彼女は三千世界の中で永遠の旅人となり、数多の愛と別れを繰り返していた。
「彼女は失われた魂の呼び声そのもの」と村人は信じた。
それゆえ、茶碗を割るときには必ず「ヨネ様に届け」と心の中で呼びかけるのだった。
ある冷たい冬の夜、山頂に祈りを捧げる村人の前で、小さな光がぽっと灯った。
その光は、割れた茶碗の破片の間をふわりと揺れながら舞い上がった。
不思議なことに、その光の中に、ヨネの姿がぼんやりと浮かび上がったのだ。
闇よりも深いその眼は、悲しみと希望、そして永遠の孤独を湛えていた。
光は、失くしたものを待つ者の祈りの形であり、帰るべき場所を知らせる灯火でもあった。
山に刻まれたこの伝承は、単なる昔話の一つにとどまらなかった。
それは生きることの意味、失うことの痛み、そして帰る場所への普遍的な祈りを内包している。
時が経つにつれ、今熊山は遠方からも旅人を呼び寄せた。
都会の喧騒に疲れ、何かを失った者たちが山を訪れ、茶碗を割り、祈りを捧げる。
彼らの願いは、それぞれ異なりながらも同じ一つの想いに収束した。
「帰ってきてほしい」——それは、愛する者と再び会いたいという切なる願い。
呼わばりの山は、その願いを受け止める静かな聖地となっていった。
ある旅人の話が村に伝わっている。
彼は何年も前に、親友を突然失い、心にぽっかりと穴が空いていた。
ある夜、彼は今熊山の奥社に訪れ、壊れた茶碗の破片の間に、自分の割れた茶碗をそっと置いた。
その夜、山から微かな声が聞こえ、夢の中で親友の姿を見たという。
翌朝、彼は不思議な安堵感に包まれ、失った痛みが少しだけ和らいだのを感じたそうだ。
ヨネの伝承は、この山の風に乗って広がり、形を変えながら人々の心に根を下ろしていく。
その瞳の奥に秘められた光は、絶望の淵にいる者たちに、小さな希望の灯を灯し続けている。
村の古老は言う。
「ヨネは失せた魂を呼ぶだけではない。失せた者を待つ者の心をも呼び覚ます存在じゃ」
それは、人が誰かを思い、祈り、待ち続けることで生まれる奇跡のようなものだ。
呼わばりの山は、その奇跡が具現化した場所なのだ。
そして今も、この山には数えきれぬ祈りが積み重なり、
割れた茶碗の破片は失せた者の記憶と願いの証として静かに時を刻んでいる。
呼わばりの山は、
失われた魂の帰る場所であり、
待つ者の心が触れ合う場所でもある。
その場所に立つ者は皆、
「失ったものは戻らない」と知りながらも、
「いつか戻ってきてほしい」と願わずにはいられない。
それが人の営みの根源にある、愛と希望の証明なのだ。
ヨネは今日も山の影の奥で、深く澄んだその眼で、変わらぬ祈りの声を見守っている。
「またいつか、必ず逢える日まで」
呼わばりの山は、これからも永遠に、
人の想いを受け止め、届け続けるだろう。
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