第二部:時を彷徨う女  第5章 時の狭間に咲く

ヨネは、やがて自分がただ彷徨っているだけではないことに気づいた。

彼女は——移動していたのだ。

空間を、そして時間を。


あるときは未来の都市に降り立ち、

またあるときはまだ火も持たぬ太古の森を踏みしめた。


不思議な感覚だった。

自分の“意識”が先に進み、あとから“体”が追いつくような。

まるで、自分という存在を幾重にも折り重ねて歩いているかのようだった。


ある日、光のような世界にたどり着いた。

そこには言葉も、形もなかった。

あるのは響きと気配、意志のようなものだけ。


そこにいたもの——たぶん「知的生命体」なのだろう——は、ヨネを見て怯えた。


彼らの感覚では、時間とは“まっすぐな川”であり、存在とは“流れる泡沫”だ。

その中に、逆流し、飛び跳ね、同じ場所に何度も現れるヨネの存在は、

「構造の破綻」そのものに映った。


彼らはヨネに警告を送った。

——お前は“秩序”を壊しつつある。

——この宇宙にとって“異物”となりつつある。


だが、ヨネにはどうすることもできなかった。

彼女の中にある「呼ばれる力」は、彼女自身にも制御できないのだ。


やがて彼女は、自分が“どこにでも現れる”のではなく、

“ある特定の場所に呼ばれる”ことを知った。


その場所は、いつも似た風景だった。


緑深い山、湿り気を帯びた空気。

神の名を冠した小さな社。

そして、誰かが彼女の名を呼ぶ声——「ヨネ……」


「……また、ここ」


ヨネはその山を知っていた。

何度も、何十度も、何百度も、ここに“還って”いた。


山の頂には、小さな祠と、割れた茶碗。

まるで、何かを祈るように誰かが置いていったもの。

それを見た瞬間、ヨネの胸に何かが突き刺さる。


「……忘れたくても、忘れられない場所」


この山こそが、すべての始まりであり、

幾度となくヨネが“呼ばれて戻ってくる”原点だった。


誰が呼んでいるのか。

何のために、呼ばれているのか。


ヨネは、まだ答えを知らなかった。


だが、確かなのはひとつ——

この山に“呼ばれる限り”、ヨネは終わることができない。

それが、どれだけの孤独と代償を伴おうとも。


風が吹く。

割れた茶碗のかけらが、カラカラと鳴る。


ヨネは、再びその山を下りてゆく。

次の時代へ、次の誰かのもとへ。

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