第一部:呼ばれしもの 第3章 再び呼ばれしヨネ
それから幾年かのち、遠く離れた谷間の村に、旅の女がふらりと現れた。
まだ若く、目元にどこか懐かしさを宿したその女は、村に根を下ろすことになった。
名前を訊かれても、「ヨネ」としか答えなかった。
村では、最初こそよそ者と警戒する声もあったが、ヨネはよく働き、人の話をよく聞いた。
冬には薪を集め、春には種を蒔き、夏には子らと一緒に川で笑った。
そのうち村の若い衆のひとりと目が合い、やがて夫婦になった。
ふたりは仲睦まじく、つましいながらも幸せな日々を送った。
だが、それもまた、時の流れの中でゆるやかに変わっていった。
夫は年を重ね、髪も白くなった。
病を得て床に伏せるようになると、ふと、昔話のようなことを呟いた。
「ヨネよ……お前が女房で、本当に良かった。
わしは幸せだった。
あの世でも……また夫婦になろうな。
あの世で待っとるぞ……」
その言葉を最後に、夫は静かに息を引き取った。
葬儀は簡素ながら丁寧に営まれた。
ヨネは喪服に身を包み、少しも涙を見せず、ただ空を見上げていた。
——その翌日。
ヨネの姿は、またも村から忽然と消えた。
荷物もそのまま、家には火も灯ったままだった。
だが、どこを探しても、まるで風のように、跡形もなかった。
「ヨネは、やっぱりよそ者じゃったんでのう」
「呼ばれて、また山へ還ったのかもしれん」
村人たちはそう噂しながら、あまり深く追う者はいなかった。
そもそも、ヨネの来歴を知る者はいなかった。
誰も、生まれも、家も、親も、知らなかった。
——そして、次第に村人たちも気づき始める。
あの女は、あのヨネに、あまりにも似ていた。
昔語りに出てくる“今熊山から戻ってきたヨネ”に、あまりにも——。
だがまさか、同じ者とは誰も思わなかった。
いや、思いたくなかったのかもしれない。
彼女は、いったい何者なのか。
そしてなぜ、幾度となく“呼ばれ”、現れては消えていくのか。
呼わばりの山は、今日も静かにその姿をたたえている。
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