第一部:呼ばれしもの  第2章 再会と約束

ヨネが戻ってきてからというもの、ゴン作はまるで別人のように明るくなった。

村の者たちは訝しがった。「死人が生きて戻るとは」と言う者もいれば、「山が返してくれた」と言う者もいた。


けれど、ゴン作はそんな声に耳を貸さなかった。

毎朝、ヨネと並んで畑に出て、昼にはふたりで弁当を分け合い、夜は縁側で星を眺めて話をした。

ふたりの暮らしは、あまりにも自然で、あまりにも穏やかだった。


ヨネは多くを語らなかった。

どこにいたのか、どうやって戻ってきたのか、尋ねてもただ微笑むだけだった。

だがゴン作はそれでよかった。

「今、ここにいてくれる」

それがすべてだった。


ふたりとも働き者で、人一倍真面目だったから、やがてゴン作は村の小作人たちを束ねる“小作人頭”となった。

貧しい村にあって、ふたりの家には常に笑い声と火のぬくもりがあった。


やがて歳月が流れた。

ゴン作は皺を刻み、背も曲がり、体は小さくなった。

ある晩、布団の中で静かにヨネの手を握りながらこう言った。


「ヨネ……わしは、幸せじゃった。

いつか、お前より先に逝くことがあれば、あの世で待っとるぞ。

そんときも、また夫婦になろうな」


ヨネは、涙を浮かべて笑った。

その夜、ゴン作は眠るように息を引き取った。

顔には、まるで子どものような安らかな笑みが浮かんでいたという。


ゴン作の葬儀には村中の人が参った。

ヨネは静かに、誰よりも丁寧に夫を送り出した。


——そして、四十九日の法要が終わったその翌朝。

ヨネは、ふいに姿を消した。


誰にも告げず、荷物も残さず、ただ、煙のように消えていた。


「呼ばれたんじゃろう」

「また山が……」


村人たちはひそひそとそう語り合った。


だが、どこを探してもヨネの足跡はなかった。

まるで、最初から“この世の者ではなかった”かのように。

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