第48話 秋の実り、遠き故郷からの返信
アルメリアの修道院へ最初の「希望の薬」を送り出してから数週間、私たちの「リリアズ・ハーブ」は、表向きは穏やかな秋の日々を取り戻していた。薬草畑では、トマさんが丹精込めて育てたハーブたちが豊かな実りを迎え、工房では、私とエルマさん、そしてリナちゃんが、その収穫物を加工し、冬に備えての保存食作りや、新しい薬膳菓子の開発に勤しんでいた。けれど、私の心の片隅には、常に遠い故郷アルメリアのこと、そして無事に物資が届いただろうかという案じる気持ちがあった。
そんなある日の夕暮れ時、あの百戦錬磨の老いた運び屋が、再び「樫の木亭」に姿を現した。ギデオンさんの手引きで、彼は私の工房へとやってくると、旅の汚れを纏った革袋の中から、小さな木箱と、一通の封書を差し出した。
「リリアーナのお嬢さん、あんたの『希望』は、確かに届けさせてもらったぜ。こいつは、修道院のヨハン殿からの預かりもんだ」
その言葉に、私の心臓は大きく高鳴った。
震える手で受け取った木箱の中には、素朴な手織りの布と、見たこともないような珍しい薬草の種が数種類、そして小さな木彫りの小鳥が入っていた。それは、修道院の人々の心からの感謝のしるしなのだろう。そして、封書を開くと、ヨハン殿の力強い筆跡で、支援物資が無事に届き、多くの病める人々や子供たちが助けられたことへの深い感謝の言葉と共に、依然として王国の状況は厳しく、薬草や医薬品は常に不足しており、もし可能ならば継続的な支援をお願いしたいという切実な願いが綴られていた。アラン殿も無事ではあるが、王都での監視は日に日に厳しくなり、直接の連絡は困難を極めている、とも書かれていた。
「よかった……本当に、よかった……!」
私は、手紙を握りしめ、安堵と喜び、そして故郷の人々へのやるせない想いで、涙が止まらなかった。エルマさん、トマさん、リナちゃんも、私の肩を抱き、共に涙ぐんでくれた。私たちのささやかな行動が、確かに誰かの助けになったのだ。その事実は、何物にも代えがたい喜びだった。
しかし、同時に、支援活動の継続の難しさと、その重要性を改めて痛感させられた。アルメリアの闇は、そう簡単には晴れそうにない。私たちは、これからもハルモニアでの生活を守りながら、故郷への支援を続けていかなければならないのだ。
その日から、「リリアズ・ハーブ」は、さらに精力的に活動を始めた。トマさんは、ヨハン殿から送られてきた珍しい薬草の種を早速薬草畑に蒔き、その栽培研究に没頭した。それは、アルメリアの厳しい環境でも育ち、高い薬効を持つ可能性を秘めたハーブだった。エルマさんは、工房の生産管理を徹底し、限られた資源の中で、より多くの支援物資を生み出せるよう工夫を凝らした。リナちゃんは、薬草教室の運営をさらに積極的に手伝い、そこで得た収益の一部を「アルメリア支援資金」に充てることを提案してくれた。
私もまた、薬草師として、そしてこの活動のリーダーとして、新たな決意を胸に刻んだ。ハルモニアの町への貢献活動も、これまで以上に力を入れていく。ドクター・エルリックと協力し、町の子供たちや高齢者向けの定期的な健康相談会や、季節ごとの養生法を伝える講習会を企画した。これらの活動を通じて、ハルモニアの町全体が健康になり、活気づくことが、巡り巡って、いつか遠い故郷への力強い支援にも繋がると信じていたからだ。
そんなある秋晴れの午後、珍しい客が「リリアズ・ハーブ」を訪れた。「アルカヌム薬草店」の店主、アレクシスさんだった。彼は、いつものように洗練された装いであったが、その表情には以前のような鋭さはなく、どこか考え深げな様子だった。
「リリアーナ殿、少し時間はあるかな?あなたのその……『希望の薬』とやらの噂を、少々耳にしてね」
彼の言葉に、私は一瞬身構えたが、その瞳には敵意ではなく、純粋な興味と、そしてほんの少しの敬意のようなものが浮かんでいるように見えた。
私たちは、工房の奥の小さな応接スペースで向き合った。アレクシスさんは、単刀直入に切り出した。
「アルメリア王国の現状については、私も独自のルートで多少なりとも情報を得ている。あなたのやろうとしていることは、非常に困難で、そして危険なことだ。だが……その志は、評価に値すると思っている」
そして彼は、驚くべき提案をしてきた。
「私の店は、世界各地から珍しい薬草やスパイスを輸入している。中には、アルメリアの修道院が必要としている薬草の、より強力な代替品となるものや、あるいは、あなたの知らない特殊な保存技術や輸送方法に関する知識もある。もし、あなたがそれを必要とするならば……情報交換という形で、協力できることがあるかもしれない」
それは、予想もしない申し出だった。ライバル店の店主である彼が、なぜ?
「アレクシス様……それは、どういう……?」
「誤解しないでくれたまえ。これは慈善事業ではない。あなたの持つハルモニアの薬草に関する知識や、その独創的な調合技術は、私にとっても興味深い。互いにとって有益な関係が築けるのならば、手を組むことに
彼はそう言って、ふいと視線を逸らしたが、その横顔には、彼なりの正義感のようなものが垣間見えた気がした。
アレクシスさんからの情報は、アルメリア王国内の貴族派閥の対立構造や、グランスター帝国との水面下での駆け引きなど、これまで私たちが知り得なかった、より深く、そして危険な「闇」の一端を示唆していた。それは、私たちの「希望の薬」作戦を、より慎重に、そしてより戦略的に進めていく必要性を教えてくれるものだった。
アレクシスさんが帰った後、私はギデオンさんにそのことを報告した。ギデオンさんは、腕を組み、唸るように言った。
「ふん、あの若造も、ただの守銭奴じゃなかったってわけか。まあ、敵の敵は味方、とも言うしな。利用できるもんは、何でも利用すりゃあいい」
その言葉は乱暴だったけれど、そこには確かな信頼が込められていた。
ハルモニアの秋は深まり、木々の葉が黄金色に輝き始めた。私たちの薬草畑も、豊かな実りの季節を迎えている。遠い故郷への想いは消えることなく、むしろ日増しに強くなっている。けれど、今の私には、このハルモニアで共に歩んでくれる頼もしい仲間たちがいる。そして、時には意外な協力者も現れる。
私の物語は、まだ始まったばかりだ。このハルモニアの地を確かな基盤として、いつか必ず、故郷の闇に光を灯す。その決意を胸に、私は今日も薬草と向き合い、未来への種を蒔き続けるのだった。
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