第45話 秋風に立つ、決意の旗じるし
アランからの手紙は、私の心に重く、そして確かな決意を刻み込んだ。ハルモニアでの穏やかで満ち足りた日々は、何としても守り抜きたい。けれど、遠い故郷アルメリア王国を覆うという「大きな闇」から目を背けることは、もはや私にはできなかった。薬草師リリアーナとして、そしてアルメリアの血を引く者として、私が成すべきことがあるはずだ。
その夜、私はギデオンさん、エルマさん、トマさん、そしてリナちゃんを工房に集め、アランの手紙の内容と、私の考えを改めて伝えた。
「私は……アルメリア王国の現状を、もっと詳しく知りたいと思っています。そして、もし可能なら、国内で志を同じくする人々と接触し、彼らを支援する方法を探りたいのです」
それは、ハルモニアでの今の生活を危険に晒す可能性のある、あまりにも無謀な計画かもしれない。皆の顔には、緊張と心配の色が浮かんでいた。
「リリアーナ、そいつは……命がけになるかもしれんぞ」
ギデオンさんが、低い声で言った。彼の瞳には、私を案じる強い光が宿っている。
「分かっています。でも、私はもう逃げたくないのです。このハルモニアで得た力と、皆さんの支えがあるからこそ、今の私なら、何かできるかもしれないと……そう信じたいのです」
私の言葉に、エルマさんがそっと私の手を握った。
「リリアーナさんの決意、私たちには痛いほど伝わっていますわ。あなたがどんな道を選ばれようと、私たちはいつもあなたの味方です」
トマさんも、静かに、しかし力強く頷いた。
「アルメリア王国の状況分析と、必要とされるであろう薬草の特定、そしてその栽培・増産は、僕に任せてください。必ず、リリアーナさんの力になります」
リナちゃんも、不安そうな表情の中にも、私を信じるという強い意志を込めて、「私も、リリアーナさんのために、できることなら何でもします!」と言ってくれた。
仲間たちの揺るぎない信頼が、私の背中を強く押してくれた。私たちは、具体的な行動計画を練り始めた。
まずは、アルメリア王国内の「志を同じくする者たち」、特にアランが示唆していた人々や、以前老学者から聞いた「王都の西、古い修道院の跡地の薬草園を守る者たち」と接触する方法を探ること。これは、ギデオンさんの持つ幅広い情報網が頼りだ。彼は、危険を承知の上で、国境を越える特殊なルートを持つ行商人や、特定のギルドの関係者など、あらゆる可能性を探り始めてくれた。
トマさんは、アランの手紙や、これまでに集めた断片的な情報、そして私が王宮で得た知識を元に、アルメリア王国内で今、何が起こっているのか、その「大きな闇」の正体は何なのかを、冷静に分析し始めた。彼の考察は的確で、王国内の特定の貴族派閥による権力掌握と、それに反発する勢力の存在を示唆していた。
そして、「リリアズ・ハーブ」は、私たちの秘密の活動拠点としての機能を強化していくことになった。エルマさんの管理のもと、アルメリア王国で不足している可能性のある薬草や、栄養価の高い保存食、そして万が一の際に役立つ応急手当用の医薬品などを計画的に栽培・製造し、いつでも密かに輸送できるよう、工房の奥の貯蔵庫に備蓄を始めた。お店の収益の一部も、「アルメリア支援資金」として、ギデオンさんの協力のもと、厳重に管理されることになった。
リナちゃんには、薬草の知識をさらに深めてもらうと同時に、店の運営や簡単な情報収集、そして私が万が一ハルモニアを離れる事態になった場合に備えて、エルマさんの補佐として工房と店を守れるよう、様々なことを教え始めた。彼女は、その責任の重さを感じながらも、持ち前の明るさと素直さで、必死に新しいことを吸収していった。
私は、町長や町の主要な代表者たちにも、アルメリア王国の危機と、私が故郷のために何かをしたいと考えていることを、詳細は伏せながらも誠実に伝えた。彼らは、私の決意を理解し、「リリアーナ殿は、もはやハルモニアにとってなくてはならない存在だ。我々も、できる限りの支援は惜しまない」と、温かい言葉と共に、町ぐるみでの協力を約束してくれた。商人たちは、物資輸送に関する情報提供を、自警団は、工房や薬草畑の警備を強化してくれることになった。
季節は盛夏を過ぎ、ハルモニアの空にも少しずつ秋の気配が漂い始めていた。薬草畑では、トマさんが丹精込めて育てているアルメリア由来の珍しいハーブが、小さな花を咲かせ始めていた。それは、まるで私たちの計画が、困難な中でも着実に前進していることを示しているかのようだった。
そんなある日、ギデオンさんが、いつになく興奮した様子で工房に駆け込んできた。
「リリアーナ!ついに見つかったかもしれんぞ!アルメリア王国内の、例の『修道院の薬草園』と繋がりのある人物が、近々、国境近くの町で開かれる秘密の薬草市に現れるという情報が入った!」
その言葉に、私たちの間に緊張と期待が走った。秘密の薬草市……それは、まさに私たちが求めていた、細いが確かな糸口かもしれなかった。
「その薬草市は、いつ、どこで開かれるのですか?」
私の問いに、ギデオンさんは一枚の古い地図を広げ、ある一点を指さした。そこは、ハルモニアから数日かかる、アルメリア王国との国境に近い、険しい山々に囲まれた小さな町だった。
「時期は、次の新月の夜。危険な場所だし、お前さん一人で行かせるわけにはいかねえ。俺も一緒に行く」
ついに、具体的な行動を起こす時が来たのだ。それは、ハルモニアを一時的に離れることを意味するかもしれない、大きな決断の始まり。けれど、私の心に迷いはなかった。
「ギデオンさん、ありがとうございます。私も……行きます」
私は、仲間たちの顔を見渡し、そして、力強く頷いた。
秋風が、工房の窓を静かに揺らしていた。それは、新たな試練の始まりを告げる風であると同時に、私の決意を後押ししてくれる、力強い追い風のようにも感じられた。
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