第32話 告げられた真実と揺るがぬ絆

ハルモニアの町に現れた不審な男たちの影は、日増しに濃くなっていた。彼らの無遠慮な視線は、明らかに私、リリアーナに向けられており、その執拗な監視は、私の心をじわじわと蝕んでいった。「リリアズ・Hーブ」での仕事にも、かつてのような純粋な喜びを感じることが難しくなり、エルマさんやトマさん、リナちゃんにも、私の異変は隠しきれていないようだった。夜も眠りが浅く、ふとした物音にも怯える始末。このままではいけない。私の過去が、この大切な場所と、愛する仲間たちを危険に晒してしまう前に、私は決断しなければならなかった。


その日の営業を終え、工房の後片付けをしながら、私は意を決した。震える声で、ギデオンさん、エルマさん、そしてトマさんとリナちゃんに、「今夜、少しだけお話したいことがありますの。私の……大切な話です」と告げた。四人は、私のただならぬ様子に、黙って頷いてくれた。


閉店後の「リリアズ・ハーブ」は、昼間の賑わいが嘘のように静まり返っていた。カウンターの隅に灯されたランプの柔らかな光だけが、私たちの緊張した顔を照らし出している。私は、深呼吸を一つし、そして、重い口を開いた。


「皆さん……今まで、黙っていて本当にごめんなさい。私には……皆さんにお話しなければならない、大きな秘密がありますの」


私の声は震えていた。けれど、もう後戻りはできない。私は、ゆっくりと、言葉を選びながら、自分の過去を語り始めた。私が、遠いアルメリア王国の第三王女、リリアーナ・フォン・アルメリアであること。窮屈な宮殿の生活と、望まぬ政略結婚から逃れるために、全てを捨ててこのハルモニアの町へやってきたこと。そして、今、おそらくその追っ手と思われる者たちに、私の居場所を嗅ぎつけられてしまったかもしれないこと。


涙ながらに語られる私の告白を、四人は息を殺して聞いていた。驚き、戸惑い、そして心配の色が、それぞれの顔に浮かんでいる。全てを話し終えた時、私はもう顔を上げることができなかった。彼らに軽蔑されるかもしれない、あるいは、危険を恐れて私を見捨てるかもしれない。そんな不安が、胸を押し潰しそうだった。


長い、長い沈黙が流れた。最初に口を開いたのは、意外にもリナちゃんだった。


「リリアーナ様……いえ、リリアーナさん!あなた様が、本物のお姫様だったなんて……!わ、わたくし、そんなことも知らずに、馴れ馴れしく……!」


彼女は目を丸くし、慌てて立ち上がろうとする。その少し的外れな反応に、張り詰めていた空気がほんの少しだけ和らいだ。


「リナちゃん、落ち着いて。リリアーナさんは、今も私たちのリリアーナさんよ」


エルマさんが、優しくリナちゃんを宥め、そして私の手をそっと握りしめてくれた。その温かさに、私の目から涙が溢れそうになる。


「リリアーナさん……どれほどお辛い思いをされてこられたことでしょう。何も知らずに、ごめんなさい。でも、あなたがどんなご身分の方でも、私にとって、あなたは大切な友人であり、尊敬する店主ですわ。これからも、ずっとお側にいます」


トマさんは、しばらく黙って俯いていたが、やがて静かに顔を上げた。その瞳には、深い共感と、そして確かな決意の色が宿っていた。


「……リリアーナさん。あなたが、そんな大きなものを背負って生きてこられたなんて、僕には想像もつきません。でも……あなたが勇気を出して話してくれたこと、感謝します。僕も……僕にできることがあるなら、どんなことでも力になりたいです」


彼自身の過去にも、何か通じるものがあったのかもしれない。その言葉には、確かな重みがあった。

そして最後に、ギデオンさんが、太い腕を組み、大きなため息をついた。


「……ったく、お前さん、とんでもねえ爆弾を隠し持ってたもんだな。王女様ねえ……そりゃあ、そこらの町娘とは訳が違うわけだ」


その言葉に、私はびくりと肩を震わせた。けれど、ギデオンさんは私の顔をじっと見つめると、いつものぶっきらぼうな口調で、しかしその声には確かな温もりを込めて言った。


「だがな、リリアーナ。お前さんが王女だろうが、何だろうが、俺にとっては、このハルモニアで必死に自分の力で生きようとしてる、ただの頑張り屋の小娘だ。そして、今じゃあ、俺にとって、エルマや、このガキどもと同じくらい、大事な家族みてえなもんだ。何があっても、俺がお前さんを守ってやる。だから、安心しろ」


ギデオンさんの力強い言葉。エルマさんの優しい眼差し。トマさんの静かな決意。そして、リナちゃんの純粋な忠誠心。それらは、私の心の奥深くまで染み渡り、恐怖と孤独で凍てついていた心を、温かく溶かしてくれた。


「皆さん……ありがとう……本当に、ありがとう……!」


私は、もう堪えきれずに声を上げて泣きじゃくった。一人で抱え込まずに、彼らを信じて全てを打ち明けて、本当に良かった。


涙が枯れるまで泣いた後、私たちは改めて顔を見合わせた。そこにはもう、不安や戸惑いの色はなかった。あるのは、揺るがぬ絆と、これから来るであろう試練に共に立ち向かおうという、静かで力強い決意だけだった。


「さて、と。感傷に浸ってばかりもいられねえな」ギデオンさんが、パンと手を叩いて場を仕切り直した。「まずは、あの連中が本当に王国の追っ手なのか、それとも別の何かなのか、正体を探るのが先決だ。それから、町長や自警団にも話を通して、町全体でリリアーナを守る体制を整えねえとな」


ギデオンさんを中心に、私たちは具体的な対策を話し合い始めた。もう、リリアーナは一人ではない。このハルモニアの町には、彼女を愛し、守ろうとする仲間たちがいるのだ。


長い夜が明け、東の空が白み始める頃。私の心は、不思議なほど穏やかだった。迫りくる過去の影は、確かに恐ろしい。けれど、今はもう、一人でそれに怯える必要はない。大切な仲間たちと共に、私はこのハルモニアでの居場所を、そして未来を、必ず守り抜いてみせる。


その決意を胸に、私は顔を上げた。夜明け前の静かな町に、新たな試練の始まりを告げるかのように、遠くで鶏の鳴く声が聞こえていた。

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