第29話 冬の灯火と育つチームの絆

トマさんとリナちゃんという新しい仲間が加わってから、「リリアズ・ハーブ」の工房とお店は、以前にも増して活気に満ち溢れていた。薬草畑も、トマさんの丁寧な手入れのおかげで、冬を越すための準備が順調に進み、乾燥ハーブのストックも充実していた。私は、お菓子の製造や新商品開発に加え、二人の指導や全体の運営にも気を配るようになり、経営者としての責任の重さを日々感じていたが、エルマさんの細やかなサポートのおかげで、何とか乗り切ることができていた。


冬の寒さが本格的になるにつれ、お店には温かい飲み物や、体を温める効果のある薬膳菓子を求めるお客様が増えてきた。トマさんは、最初は少しぎこちなかったものの、薬草に関する知識は確かで、私がお客様に説明しきれない専門的な質問にも、的確に答えてくれることがあった。ただ、やはり人と直接話すのは苦手なようで、お客様から声をかけられると、すぐに私やエルマさんの後ろに隠れてしまうこともしばしばだった。


一方のリナちゃんは、持ち前の明るさと人懐っこさで、すぐにお客様の人気者になった。お菓子のラッピングやディスプレイのセンスも良く、彼女が手がけると、商品が一層魅力的に見えるから不思議だ。少しずつ接客にも挑戦し始めたが、まだ薬草の知識が浅いため、お客様からの専門的な質問には、「ええと、それは……リリアーナ様に聞いてまいります!」と、慌てて私の元へ駆け込んでくることもあった。それでも、彼女のひたむきな姿は、お客様にも好感を持たれているようだった。


私は、そんな二人の成長を温かく見守りつつ、それぞれの個性を活かせるように、そしてチームとしてお互いを補い合えるように、常に心を配っていた。例えば、トマさんには、お客様向けの簡単な薬草の解説カードを作成してもらうようお願いした。文章でなら、彼の豊富な知識を存分に発揮できると思ったからだ。リナちゃんには、子供向けの薬草絵本を一緒に作ってみないかと提案した。彼女の得意な絵と、私の薬草の知識を組み合わせれば、きっと素敵なものができるはずだ。


冬の主力商品として、そして間近に迫ったクリスマスや年末年始に向けて、私たちは新しい薬膳菓子の開発にも力を注いだ。


「リリアーナ様、クリスマスのクッキーは、やっぱり見た目も可愛らしいものが良いですよね!星型やツリー型にして、ハーブで色付けしたアイシングで飾り付けするのはどうでしょう?」とリナちゃんが目を輝かせる。


「それも素敵ね。それから、トマさん、何かアイデアはありませんか?例えば、体を温める効果のある薬草を使った、少し大人向けの焼き菓子とか……」


私の問いかけに、トマさんは少し考え込んだ後、ぽつりと言った。


「……ジンジャーとカルダモン、それに黒胡椒を少し効かせた、ビスコッティなどはどうでしょう。保存も効きますし、体を芯から温める効果が期待できます」


その提案は、まさに私が考えていたものと一致していて、私は彼の的確なアイデアに感心した。


王宮で過ごしたクリスマスの、きらびやかで華やかな祝祭の記憶も、商品開発のヒントになった。金箔や銀箔の代わりに、キラキラと光る砂糖菓子やドライフルーツで飾り付けたフルーツケーキ。シナモンやクローブ、スターアニスといったスパイスをふんだんに使い、赤ワインで煮込んだリンゴのコンポート。それらは、見た目も美しく、そして何よりも「リリアズ・ハーブ」ならではの、体に優しい温もりが込められていた。


そんな中、小さなトラブルも発生した。クリスマス向けのギフトセットの予約注文が、私たちの予想をはるかに超えて殺到し、製造が追いつかなくなってしまったのだ。さらに悪いことに、メインの焼き菓子に使う予定だった特定のドライフルーツが、天候不順で品薄になり、価格が高騰しているという連絡が商人ギルドから入った。


「どうしましょう、リリアーナさん……このままでは、お客様との約束を守れませんわ……」


エルマさんが、青い顔で私に訴えかけてきた。工房の中にも、焦りの空気が漂い始める。私は深呼吸をし、皆の顔を見渡した。


「大丈夫よ、エルマさん。きっと何か方法があるはずです。まずは落ち着いて、私たちに何ができるかを考えましょう」


私は皆を励まし、まず、ドライフルーツの代替品を探すことから始めた。トマさんの知識を頼りに、ハルモニア近郊で手に入る、同じような風味と栄養価を持つ木の実や、乾燥させた他の果物をリストアップする。リナちゃんは、持ち前の手先の器用さを活かして、新しい材料を使った場合のラッピング方法や、ギフトセットの詰め合わせのパターンをいくつも考案してくれた。


そして私は、ギデオンさんの助けも借りて、予約注文をくださったお客様一人ひとりに、事情を説明し、代替商品での対応や、納期を少しだけ遅らせていただくお願いをして回った。王宮では決して経験しなかった、頭を下げて許しを乞うという行為。けれど、お客様は皆、「リリアーナさんのところなら仕方ないわね」「楽しみに待っているから、無理しないで頑張って」と、温かい言葉をかけてくださった。


数日間、工房はまさに戦場のような忙しさだった。けれど、リリアーナ、エルマ、トマ、リナの四人は、それぞれの持ち場でお互いを信じ、励まし合い、そして見事にその危機を乗り越えたのだ。この経験は、私たち四人の間に、言葉では言い表せないほどの強い絆と、チームとしての一体感を生み出してくれた。


やがて、ハルモニアの町に雪が舞い降り、クリスマスを迎える頃。「リリアズ・ハーブ」の店内は、手作りの温かい飾り付けと、焼き立ての薬膳菓子、そしてスパイスの効いたハーブティーの香りで満たされ、連日多くのお客様で賑わっていた。カウンターの奥で、エルマさんとリナちゃんが笑顔で接客し、工房では私とトマさんが黙々と、しかし確かな信頼感をもって次の日の仕込みをしている。


窓の外で降りしきる雪を眺めながら、私はこの一年間の出来事を静かに振り返っていた。宮殿を飛び出し、ハルモニアにたどり着き、ギデオンさんやエルマさん、そして町の人々に支えられ、この小さなお店を開くことができた。そして今、トマさんとリナちゃんという新しい仲間も加わった。


(私の居場所は、ここにある)


確かな実感と共に、心からの感謝の気持ちが込み上げてくる。来る新しい年も、この大切な仲間たちと共に、「リリアズ・ハーブ」をもっともっと温かく、そしてたくさんの人を笑顔にできる場所にしていこう。私の胸には、冬の夜空に輝く星々のように、明るく、そして力強い希望の光が灯っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る