第28話 新しい風、集う仲間と冬支度
秋も深まり、ハルモニアの山々が最後の紅葉を燃やす頃、「リリアズ・ハーブ」は冬に向けての準備で活気づいていた。薬草畑で収穫したハーブを乾燥させたり、保存食となるハーブオイルやビネガーを仕込んだり、そして何よりも、クリスマスや年末年始に向けた特別な薬膳菓子の試作に、私とエルマさんは追われていた。そんな中、お店の将来を左右するかもしれない、新しい仲間探しの話が具体的に動き出していた。
まずは、ギデオンさんが推薦してくれた「訳ありの若者」と会うことになった。約束の日、ギデオンさんに連れられて「樫の木亭」の談話室に現れたのは、トマと名乗る青年だった。歳は私より少し下くらいだろうか。痩せた体に、少し俯きがちな瞳。口数は少なく、どこか影のある雰囲気をまとっていた。ギデオンさん曰く、以前は別の町で薬師の見習いをしていたが、何か事情があってハルモニアに流れ着いたのだという。
「トマ、こちらが『リリアズ・ハーブ』の店主、リリアーナさんだ。お前さんが興味を持っている薬草のことで、何か力になれるかもしれん」
ギデオンさんの紹介に、トマは小さく頭を下げただけだった。私は、彼の過去を詮索するつもりはなかった。王宮にいた頃、様々な事情を抱え、心を閉ざしてしまった人々を少なからず見てきた経験が、私にそうさせていたのかもしれない。大切なのは、彼が今、何を思い、これから何をしたいのかだ。
「トマさん、はじめまして、リリアーナです。薬草に興味がおありだと伺いました。もしよろしければ、どんな薬草がお好きだとか、薬草を使ってどんなことがしてみたいかとか、お聞かせ願えませんか?」
私の穏やかな問いかけに、トマは少し驚いたような顔をしたが、ぽつりぽつりと話し始めた。彼は、派手な薬効を持つものよりも、道端にひっそりと咲くような、けれど確かな力を持つ野草に心惹かれること。そして、いつかその力を、人々の日常に役立てられるような仕事がしたいと思っていること。その言葉は途切れ途切れだったけれど、瞳の奥には、薬草に対する真摯で純粋な想いが宿っているのが見て取れた。
次に会ったのは、エルマさんの遠縁にあたるというリナという娘さんだった。彼女はトマとは対照的に、太陽のように明るく、人懐っこい笑顔が印象的な少女だった。歳はエルマさんの娘さんとさほど変わらないくらいだろうか。
「リリアーナ様!エルマおば様から、いつもお店のお話を伺っておりました!私も、リリアーナ様のような素敵な薬草菓子を作ったり、お客様を笑顔にしたりするお仕事がしたいんです!」
リナは目を輝かせながら、堰を切ったように話し始めた。手先が器用で、ハーブを使ったポプリや刺繍が得意なこと。専門的な薬草の知識はまだ浅いが、学ぶ意欲は誰にも負けないこと。そして何よりも、「リリアズ・ハーブ」というお店と、そこで働くエルマさんへの強い憧れ。その純粋な熱意は、聞いているこちらの心まで温かくするようだった。
二人の候補者との面会を終え、私はギデオンさんとエルマさんと共に、工房でじっくりと話し合った。
「トマは……確かに少し影があるが、薬草への知識と情熱は本物みてえだな。ただ、人と接するのは苦手かもしれん」とギデオンさん。
「リナちゃんは、本当に明るくて素直な良い子ですわ。手先の器用さもありますし、きっとすぐに仕事を覚えてくれると思います。ただ、少しおっちょこちょいなところもあるかもしれませんけれど」とエルマさん。
私は二人の意見に耳を傾けながら、それぞれの個性をどう活かせるかを考えた。「リリアズ・ハーブ」がこれからさらに発展していくためには、多様な力が必要になるだろう。
「ギデオンさん、エルマさん、私は……トマさんとリナさん、お二人とも、まずは試用期間として私たちの仲間になってもらいたいと考えています」
私の決断に、二人は少し驚いたようだったが、すぐに理解を示してくれた。
そして、数日後。トマとリナが、緊張した面持ちで「リリアズ・ハーブ」の工房の扉を叩いた。
「トマさんには、まずは薬草畑の手入れや、収穫したハーブの乾燥、選別といった裏方の作業を中心にお願いしたいと思っています。あなたの薬草の知識を、ぜひ活かしてください」
「リナさんには、エルマさんの指導のもと、お菓子の包装や、簡単な製造補助から始めていただきましょう。慣れてきたら、お店での接客も少しずつお願いできればと思っています」
私は二人にそれぞれの役割を伝え、温かく迎え入れた。
新しい仲間が加わった「リリアズ・ハーブ」には、これまでとは違う、新鮮な風が吹き始めた。トマは、相変わらず口数は少なかったけれど、薬草畑での仕事ぶりは実直そのものだった。私が教えた以上に、それぞれのハーブの特性を理解し、愛情を込めて手入れをする姿に、エルマさんと私は何度も感心させられた。彼が黙々と選別したハーブは、いつも品質が高く、お菓子の風味を格段に向上させた。時折、私が試作した新しい薬草菓子を工房の隅でこっそり味見しては、ほんの少しだけ口元を緩ませるのを見るのが、私の密かな楽しみになった。
一方のリナは、持ち前の明るさと素直さで、すぐに工房のムードメーカーになった。最初は緊張で小さな失敗もあったけれど、エルマさんの優しい指導と、持ち前の器用さで、お菓子の包装やラベル貼りといった細やかな作業も、みるみるうちに上達していった。彼女の楽しそうな鼻歌は、工房のBGMのようになり、私やエルマさんの心まで軽くしてくれた。
新しい仲間を育てるということは、私にとって新たな責任であり、そして大きな喜びでもあった。彼らが少しずつ成長していく姿を見るのは、まるで自分の薬草畑で新しい芽が育つのを見守るような、温かい気持ちにさせてくれる。
冬の足音が近づくハルモニアの町で、「リリアズ・ハーブ」は、リリアーナ、エルマ、トマ、そしてリナという四人の手によって、さらに温かく、そして力強く未来へと歩み始めていた。クリスマスに向けた特別な薬膳クッキーや、体を芯から温めるスパイスたっぷりのハーブティー。新しい仲間たちと共に作り上げる冬の贈り物が、この町の人々をさらに笑顔にすることを、私は確信していた。
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