第27話 秋麗、実りの恵みと経営の道

ハルモニアの山々が錦織りなす美しい紅葉に染まり、朝晩の空気に心地よい冷たさが感じられるようになった頃、「リリアズ・ハーブ」の店内も、すっかり秋の装いに変わっていた。薬草畑では、カレンデュラやセージ、タイムといったハーブたちが最後の輝きを見せ、カボチャやサツマイモ、そしてたくさんの木の実が収穫の時期を迎えていた。私とエルマさんは、これらの秋の恵みをふんだんに使った新しい薬膳菓子やハーブティーを開発し、お店の棚は温かみのある秋色で彩られていた。


「リリアーナさん、この『栗とローズマリーのパウンドケーキ』、本当に良い香りですね!お客様にもきっと喜ばれますわ」


エルマさんが、焼きあがったばかりのパウンドケーキを前に、目を輝かせている。ローズマリーの爽やかな香りと、栗のほっくりとした甘さが絶妙に調和したこのケーキは、私たちの秋の自信作の一つだ。他にも、体を温めるジンジャーとシナモンを効かせた「サツマイモとリンゴの薬膳コンポート」や、数種類のキノコとハーブをたっぷり使った「森の恵みのキッシュ」は、カフェスペースの人気メニューとなっていた。


夏の虫除けスプレー作り教室や、夏祭りでのハーブティーの振る舞いといった活動を通じて、「リリアズ・ハーブ」は町の人々にとって、ただお菓子やハーブティーを買う場所ではなく、気軽に健康相談ができたり、季節の手仕事を楽しんだりできる、温かいコミュニティの場としての役割も担い始めていた。特に季節の変わり目は体調を崩しやすい方も多く、お店には様々な悩みを抱えたお客様が訪れるようになった。


「リリアーナさん、最近どうも気分が落ち込みがちでね。秋になると、いつもこうなんだよ」


常連客の一人である、少し内気な若い女性が、小さな声でそう打ち明けてくれた。私は、彼女の話にじっくりと耳を傾け、セントジョーンズワートやレモンバームといった、気分を高揚させ、心を落ち着かせる効果のあるハーブをブレンドしたハーブティーを勧めた。そして、薬草の知識だけでなく、王宮で様々な人々の心の機微に触れてきた経験から、彼女の心に寄り添うような言葉をかけた。数日後、彼女が少し明るい表情でお店を訪れ、「あのハーブティー、とても心が安らぎました。それに、リリアーナさんとお話しできて、なんだか元気が出たんです」と言ってくれた時は、胸の奥がじんわりと温かくなった。ドクター・エルリックとも時折情報交換をし、医学的な見地からのアドバイスを受けながら、私は薬草の力と、人との繋がりの大切さを改めて感じていた。


お店の経営が軌道に乗り、お客様も増えてくると、私はこれまで以上に経営者としての実務にも深く関わるようになった。毎日の売上計算、材料の仕入れと在庫管理、そして何よりも頭を悩ませるのが帳簿付けだ。数字と格闘するのは苦手だったけれど、ギデオンさんが根気強く「商売の基本だ」と教えてくれたり、時には商人ギルドが開催する初心者向けの帳簿講座に参加したりして、少しずつだが経営のイロハを身につけていった。


「ふう……この数字とこの数字が合わないのは、どうしてかしら……」


ある晩、工房の片隅で帳簿とにらめっこしていると、エルマさんが温かいカモミールティーを淹れて持ってきてくれた。


「リリアーナさん、あまり根を詰めすぎないでくださいね。私も、もう少し帳簿のことを勉強して、お手伝いできるようになりますから」 


エルマさんの優しい言葉に、私は心から感謝した。彼女は、お菓子作りや接客だけでなく、お店の運営全般において、なくてはならない存在へと成長していた。


お店の仕事が増え、特産品としての卸販売の話も少しずつ具体化してくると、私とエルマさんだけでは人手が足りなくなってくるのを感じ始めていた。特に、薬草畑の手入れや、冬に向けての保存食作り(ハーブオイルやビネガー、ドライハーブのブレンドなど)も本格化させたいとなると、どうしても新しい仲間が必要になる。


「ギデオンさん、そろそろ新しいスタッフを雇うことも考えなければいけないかもしれませんわね……」


相談すると、ギデオンさんは腕を組み、ふむ、と考え込んだ。


「そうだな。お前さんたちの頑張りを見てりゃあ、それも当然かもしれん。だが、人選は慎重にな。この店は、お前さんたちの心がこもってるからこそ、客も集まるんだ」


信頼できる人、そして何よりも「リリアズ・ハーブ」の理念に共感してくれる人。そんな都合の良い人が簡単に見つかるだろうか。私が一人で思い悩んでいると、数日後、ギデオンさんが意外な提案をしてきた。


「リリアーナ、実はな、一人、心当たりのある若者がいるんだ。少し不器用だが、真面目で、薬草にも興味があるらしい。ただ……ちょっとばかり訳ありでな」


訳あり、という言葉に少し胸がざわついたが、ギデオンさんが推薦する人物なら、一度会ってみる価値はあるかもしれない。


その同じ頃、エルマさんからも「リリアーナさん、実は私の遠縁の娘さんで、手先が器用で、ハーブにも興味があるという子がいるのですが……もしよろしければ、一度お話しだけでも」という申し出があった。


秋が深まり、ハルモニアの町が冬支度を始める頃。私たちの「リリアズ・ハーブ」にも、新しい風が吹こうとしていた。薬草畑で丁寧に収穫したハーブを乾燥させながら、私はこれからの季節と、そして新たに出会うかもしれない仲間たちとの未来に、静かな期待を寄せていた。この小さなお店が、さらに多くの人々の手によって支えられ、ハルモニアの町に温かい光を灯し続けていく。その確信が、私の心を力強く満たしていた。

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