第26話 夏の恵みと深まる町の絆
ハルモニアの町に、本格的な夏が訪れていた。照りつける太陽の下、私たちの「リリアズ・ハーブ」の裏手にある薬草畑では、ミントやレモンバーム、カモミールといったハーブたちが、その香りを一層強く放ちながら青々と茂っている。工房とお店、そして畑の手入れと、私とエルマさんの日々は目まぐるしい忙しさだったけれど、その全てが充実感に満ちていた。
「アルカヌム薬草店」の存在も、今では町の風景の一部となっていた。彼らの扱う珍しい輸入品や洗練された雰囲気は、私たちとは異なる客層を惹きつけ、ハルモニアの町に新たな選択肢をもたらしている。当初感じていた焦りや不安は薄れ、むしろ「リリアズ・ハーブ」ならではの強み――手作りの温もり、ハルモニアの自然の恵みを活かした商品、そしてお客様一人ひとりに寄り添う心――を、より一層大切にしようという前向きな気持ちが強くなっていた。私たちが定期的に開催するハーブ石鹸作りやポプリ作りのワークショップは、町の女性たちや子供たちに大変好評で、お店はいつも和やかな笑い声で満たされていた。
夏の到来と共に、私は新しい季節限定の商品開発に取り掛かった。照りつける日差しと蒸し暑さで体力を消耗しがちなこの季節、お客様に少しでも快適に過ごしてもらえるような、爽やかで体に優しいものを作りたい。
「エルマさん、今年はミントをたっぷり使った冷たいハーブコーディアルの種類を増やしてみませんか?例えば、ミントと相性の良いライムや、少し意外な組み合わせですが、キュウリを使ったものなんてどうでしょう?」
「まあ、キュウリですって?でも、なんだかスッキリとして美味しそうですわね!畑のキュウリもたくさん採れ始めていますし、ぜひ試してみましょう!」
私たちは、薬草畑で採れたばかりの新鮮なミントやレモンバームをふんだんに使い、見た目も涼しげなゼリーや、シャーベットのような冷たいお菓子も試作した。特に、消化を助け、食欲を増進させる効果のあるカルダモンやコリアンダーといったスパイスを隠し味に使った「夏越しのジンジャークッキー」は、ピリッとした刺激と爽やかな後味が好評で、夏バテ気味のお客様から「これを食べると元気が出る」と喜ばれた。
お店が町の人々の生活に溶け込むにつれ、常連のお客様から個人的な悩みを相談されることも増えてきた。
「リリアーナさん、この暑さで夜もなかなか寝付けなくてねえ。お昼間にうとうとしてしまって困っているんだよ」
長年「樫の木亭」の常連でもあるおじいさんの言葉に、私は「それでしたら、鎮静効果のあるパッションフラワーやホップを使ったハーブティーを、寝る一時間ほど前にお試しになってはいかがでしょう?日中は、ペパーミントのような気分をスッキリさせる香りのものを楽しまれると、メリハリがつくかもしれませんわ」とアドバイスする。王宮にいた頃、様々な立場の人々の話を聞く機会はあったけれど、それはどこか
そんな中、ハルモニアの町で毎年恒例の夏祭りが近づいてきた。ギデオンさんから「リリアーナ、お前さんの店も、何か夏祭りに出してみたらどうだ?」と声をかけられたのをきっかけに、私は町への貢献として何か特別なことができないかと考え始めた。
「エルマさん、夏祭りには子供たちもたくさん来ますわよね。でしたら、安全な虫除けハーブスプレーの作り方教室なんてどうかしら?レモングラスやシトロネラ、ゼラニウムを使えば、体に優しくて効果も期待できますもの」
「まあ、素敵ですわ!きっと喜ばれますね!それから、ドクター・エルリックと相談して、熱中症予防のためのハーブティーを、お祭りの休憩所で振る舞うというのはどうでしょう?」
エルマさんの素晴らしいアイデアも加わり、私たちは早速準備に取り掛かった。
夏祭り当日、私たちの小さなブースには、たくさんの子供たちとその親御さんが集まってくれた。子供たちは、目を輝かせながら様々なハーブの香りを嗅ぎ、楽しそうに自分だけの虫除けスプレーを作っていく。その傍らでは、エルマさんが熱中症予防の冷たいハーブティーを配り、「水分補給をしっかりして、お祭りを楽しんでくださいね」と声をかけていた。ドクター・エルリックも顔を出してくれ、「リリアーナ殿、エルマ殿、素晴らしい取り組みだ。薬草の知識が、こうして町の健康を守るのに役立つとは、実に喜ばしいことだ」と、労いの言葉をかけてくださった。
その夜、祭りの提灯がハルモニアの夜空を赤く染める中、私はエルマさんと二人、少し離れた場所からその賑わいを眺めていた。今日の活動で、私たちの作ったものが、また少し、この町の人々の役に立てたのかもしれない。その温かい手応えが、胸にじんわりと広がっていく。
「アルカヌム薬草店」も、夏祭りには洗練された香りの虫除けキャンドルや、異国情緒あふれる冷たい飲み物を販売して人気を集めていた。以前なら、その盛況ぶりを見て焦りを感じたかもしれない。けれど今の私は、素直に「彼らは彼らなりのやり方で、町を盛り上げているのだな」と思えるようになっていた。ハルモニアには、私たちの「リリアズ・ハーブ」もあれば、「アルカヌム薬草店」もある。それぞれの個性が、この町をより豊かに、より魅力的にしているのかもしれない。
夏の熱気が少しずつ和らぎ、空の色や風の匂いに、秋の気配が感じられるようになった頃。私の心には、また新たな季節に向けたお菓子やハーブティーのアイデアが、薬草畑の豊かな実りのように、次々と芽生え始めていた。このハルモニアの地で、私の物語は、これからもたくさんの人々の笑顔と共に、豊かに実っていくのだろう。
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