第25話 新たな風と磨かれる原石

「リリアズ・ハーブ」は、ハルモニアの町の人々にとって、なくてはならない憩いの場としてすっかり定着していた。私の作る薬膳菓子やハーブティーは、遠方からわざわざ訪ねてくるお客様もいるほど評判を呼び、薬草畑で採れたばかりの新鮮なハーブを使った季節限定の商品は、店頭に並ぶとすぐに売り切れてしまうほどの人気だった。エルマさんとの連携もますますスムーズになり、工房とお店の運営は忙しくも充実した日々が続いていた。診療所のドクター・エルリックとの共同開発した風邪予防ハーブシロップも、町の子供たちの健康を守るのに一役買い、私は薬草の持つ力の素晴らしさを改めて実感していた。


そんなある日のこと、「樫の木亭」でギデオンさんと昼食をとっていると、隣のテーブルに座っていた商人風の男たちの会話が、ふと耳に入ってきた。


「おい、聞いたか?町の東の外れに、新しい店ができるらしいぜ」


「ああ、なんでも王都から来た若い商人が開く店で、珍しい薬草や香辛料を扱うとか……」


「へえ、そりゃあリリアーナさんの店と競合するかもしれねえな」


その言葉に、私の心はちくりと小さな棘が刺さったように感じた。新しい、薬草を扱う店……。ハルモニアで薬草といえば「リリアズ・ハーブ」だと、少しばかり自負していただけに、穏やかではいられない。ギデオンさんも、私の表情の変化に気づいたのか、商人たちの会話にちらりと目をやった後、何も言わずに私の肩をポンと叩いた。


数日後、その新しい店は「アルカヌム薬草店」という看板を掲げ、華々しく開店した。場所は、私たちの店とは反対側の、町の新しい商業区画に面した一等地。エルマさんと二人、少し気になって、普段より少しだけ地味な頭巾で顔を隠し(いつもとあまり変わらないけれど、私たちの間では立派な変装のつもりだった)、その新しい店を遠巻きに偵察しに行くことにした。


「アルカヌム薬草店」は、私たちの「リリアズ・ハーブ」とは全く異なる趣の店だった。ガラス張りの大きな窓からは、磨き上げられたショーケースに並べられた、見たこともないような異国のハーブやスパイス、そして銀色に輝く最新式の薬研(やげん)や蒸留器のようなものまで見える。店内は白を基調としたモダンな内装で、店員も皆、パリッとした揃いの制服を着ている。そして、店の奥のカウンターには、いかにもやり手といった風情の、私より少し年上くらいの若い男性が、自信に満ちた表情で客と応対していた。彼が店主のようだ。


「まあ……なんだか、王都にある高級店みたいですわね……」


エルマさんが、気圧されたように小さな声で呟いた。私も同じ気持ちだった。「リリアズ・ハーブ」の温かみのある手作りの雰囲気とは対照的な、その洗練された都会的な空間に、私は少なからず衝撃を受けた。扱っている商品も、私たちがハルモニアの自然の恵みを中心にしているのに対し、「アルカヌム薬草店」は世界中から集めたという希少価値の高いものが中心のようだ。価格も、私たちの数倍はするだろう。



その夜、工房で一人、私は悶々と考え込んでしまった。あの新しい店は、明らかに私とは違う層の顧客をターゲットにしている。けれど、その華やかさや専門性の高さに、お客様が流れてしまうのではないだろうか。「リリアズ・ハーブ」の良さとは、一体何なのだろう。私の作る薬草菓子やハーブティーは、あの店の洗練された商品と比べて、見劣りしてしまうのではないだろうか。王宮にいた頃、他の貴族令嬢たちのきらびやかなドレスや宝石を見て、自分の地味さを恥じた時のような、そんな感覚が蘇ってくる。


「リリアーナさん、どうかなさいましたか?なんだか、お元気がないようですけれど……」


私の様子を心配したエルマさんが、温かいハーブティーを淹れて持ってきてくれた。


「エルマさん……私、少し不安になってしまって。あの新しいお店を見ていたら、私たちの『リリアズ・ハーブ』が、なんだかとてもちっぽけなものに思えてきて……」


弱音を吐露すると、エルマさんは静かに私の隣に座り、優しく言った。


「リリアーナさん、私は、あの新しいお店も素敵だと思います。でも、『リリアズ・ハーブ』には、あのお店にはない、特別なものがたくさんあるじゃありませんか。リリアーナさんが一つ一つ心を込めて作るお菓子の温かさ、お客様一人ひとりの体調を気遣う優しい言葉、そして、このハルモニアの土で育った薬草の力……それは、どんな高価な輸入品にも負けない、私たちだけの宝物ですわ」


エルマさんの言葉は、私の心にじんわりと染み渡った。そうだ、私たちは私たちなりのやり方で、この町の人々に寄り添ってきたではないか。ギデオンさんも、私の話を聞くと、「ふん、見かけ倒しの若造が何をしようが、お前さんの作るものの価値は変わらねえよ。むしろ、ああいう店ができたことで、本当に良いものを見抜ける客が、お前さんのところに集まってくるかもしれんぜ」と、いつものようにぶっきらぼうに、しかし力強く励ましてくれた。


常連客のおじいさんも、「わしは、リリアーナさんの淹れてくれるハーブティーと、エルマさんの笑顔があれば十分じゃよ。あんな気取った店は、どうも性に合わんわい」と笑い飛ばしてくれた。


皆の言葉に、私は迷いを振り払うことができた。新しい店の存在は脅威ではなく、むしろ自分たちの個性を見つめ直し、磨き上げるための良い機会なのだ。私たちは、「リリアズ・ハーブ」ならではの温かさ、手作りの良さ、そしてお客様一人ひとりに寄り添う心を、これまで以上に大切にしていこう。そう決意を新たにした。


その日から、私は新しい商品開発やサービスの向上に、さらに力を入れるようになった。薬草畑で採れたばかりのハーブを使った、その日限りのフレッシュハーブティーの提供。お客様の体調や好みに合わせて、その場でハーブをブレンドするオーダーメイドサービス。そして、エルマさんと一緒に企画した、ハーブを使った石鹸作りやポプリ作りの小さなワークショップは、町の女性たちに大変好評だった。


「アルカヌム薬草店」の登場は、確かにハルモニアの町に新しい風を吹き込んだ。けれど、それは私たち「リリアズ・ハーブ」にとっても、自分たちの原点を見つめ直し、さらなる高みを目指すための追い風となったのだ。切磋琢磨し合うことで、このハルモニアの町全体が、もっと豊かで、もっと健やかな場所になっていく。そんな未来を思い描きながら、私は今日も、心を込めて薬草と向き合っていた。

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