第22話 初日開店!看板娘とハーブの香り
「リリアズ・ハーブ、本日、開店いたします!」
私の少し震えた声が、初夏の爽やかな風に乗ってハルモニアの青空へ吸い込まれていく。目の前には、昨日までの埃っぽい工事現場が嘘のような、木の温もりと薬草の香りに満ちた私たちの小さなお城。そして、その扉の向こうには、まだ見ぬお客様との出会いが待っている。エルマさんと二人、ぎゅっと手を握り合い、深呼吸を一つ。今日から、私たちはこの「リリアズ・ハーブ」の看板娘なのだ。
開店時間ちょうどには、まだ店の前は静かだった。本当に誰か来てくれるのだろうか。そんな不安が胸をよぎった瞬間、店の角からひょっこりと顔を出したのは、なんとギデオンさんだった。
「よお、リリアーナ、エルマ。開店おめでとう!一番乗りは俺様だぜ!」
彼はそう言って得意げに胸を張ったが、その直後、ギデオンさんの後ろから「あらあら、ギデオンさんたら、抜け駆けはずるいわよ」と、市場の八百屋のおかみさんが数人の友人を連れて現れた。あっという間に、店の前には数人の人だかりができ、私たちの緊張は喜ばしいざわめきへと変わっていった。
「い、いらっしゃいませ!どうぞ、お入りくださいませ!」
エルマさんと二人、少しぎこちない笑顔でお客様をお迎えする。店内に入ったお客様たちは、まずその明るく清潔な雰囲気に「まあ、素敵なお店ね!」「木の香りがして落ち着くわ」と感嘆の声を上げた。壁の棚に並べられた色とりどりの薬草菓子や、ガラス瓶に入ったハーブティーの茶葉、そしてカウンターの奥で湯気を立てる大きなティーポット。その全てが、私たちの努力の結晶だ。
最初のお客様である八百屋のおかみさんたちは、早速カフェスペースのテーブルにつき、私たちの看板商品である「森の雫ジャムのクッキー」と、数種類のハーブティーを注文してくれた。
「リリアーナさん、このクッキー、収穫祭の時よりもさらに美味しくなったんじゃないかしら?ジャムの酸味とクッキーの甘さが絶妙ね!」
「このハーブティーも、香りが良くて心が安らぐわ。何が入っているの?」
お客様からの質問に、私は心を込めて答える。使っている薬草の種類や効能、そしてこのハルモニアの自然の恵みについて。エルマさんは、慣れない手つきながらも丁寧にハーブティーを淹れ、笑顔でお客様の元へ運んでいく。
その後も、途切れることなくお客様が訪れた。「樫の木亭」の常連客だった冒険者風の男性は、「リリアーナ嬢ちゃんの新しい店なら、応援しねえわけにはいかねえだろう!」と仲間たちと押し寄せ、薬膳効果の高そうな焼き菓子をたくさん買っていってくれた。収穫祭で私の菓子を気に入ってくれた遠方の商人らしき紳士も、「君の菓子をもう一度食べたくてね」と、わざわざ立ち寄ってくれた。
「リリアーナさん、このハーブは妊娠中でも飲んでも大丈夫かしら?」
若い奥様からの質問に、私は王宮で学んだ薬草学の知識を総動員して答える。禁忌とされるハーブ、逆に推奨されるハーブ。それぞれの体質や状態に合わせて、慎重に言葉を選び、最適なハーブティーを提案する。それは、ただお菓子を売るのとは違う、専門知識を活かした「看板娘」としての責任とやりがいを感じる瞬間だった。
エルマさんも、最初は緊張でカチコチだったけれど、持ち前の明るさと細やかな気配りで、すぐに接客に慣れていった。レジの操作に少し戸惑うこともあったけれど、そんな時は私がそっと隣で助け舟を出す。二人で目を合わせ、小さく頷き合う。言葉にしなくても、お互いの気持ちが通じ合っているのを感じた。
お昼過ぎには、町長や商人ギルドの代表の方々も、お祝いに駆けつけてくれた。町長は、店内に飾られたハーブのドライフラワーや、手作りのポップを見て、「リリアーナ殿のセンスは、やはり素晴らしいな。この店は、ハルモニアの新しい顔になるだろう」と、温かい言葉をかけてくださった。ギデオンさんは、大きな花束を抱えて現れ、「おう、リリアーナ、エルマ!大繁盛じゃねえか!こいつは俺からのお祝いだ!」と、照れくさそうに手渡してくれた。その花束は、私が特に好きなカモミールやラベンダーがたくさん入っていて、彼の不器用な優しさが伝わってきた。
夕方になり、焼き菓子もほとんどが売り切れ、カフェスペースもようやく落ち着きを取り戻した頃には、私とエルマさんは心地よい疲労感に包まれていた。初めて自分たちの店を一日切り盛りしたという達成感と、お客様の笑顔や温かい言葉が、私たちの胸をいっぱいにしていた。
「リリアーナさん……私たち、やりましたね……!」
店の片付けをしながら、エルマさんが感極まったように声を詰まらせた。私も、思わず目頭が熱くなる。
「ええ、エルマさん。本当に……夢みたいですわ。でも、これはまだ始まりよ。この『リリアズ・ハーブ』を、もっともっとたくさんの人に愛される、ハルモニアで一番温かい場所にしていきましょうね」
二人で固く手を握り合う。店の窓から差し込む夕日は、私たちの未来を祝福するように、店内を優しく照らしていた。
忙しくも、喜びに満ちた開店初日。その確かな手応えは、私たちに大きな自信と、明日への新たな活力を与えてくれた。このハルモニアの地で、私たちの物語は、ハーブの香りと共に、さらに豊かに紡がれていくのだ。
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