第16話 工房に灯る火と繋がる人の輪
町長や商人ギルドからの指摘は、私の胸に新たな炎を灯した。美味しいだけでなく、安定して供給でき、かつ採算の取れる特産品。その目標に向けて、私は「薬草菓子工房リリアーナ」の本格稼働準備に全力を注ぎ始めた。
まずは工房の設備だ。これまでの「樫の木亭」の厨房での間借り仕事とは違い、ある程度の量を効率よく作るためには、それなりの道具が必要になる。私はギデオンさんに相談し、町で評判の良い大工の棟梁と、腕の良い鍛冶屋を紹介してもらった。
「お嬢ちゃんが、あの美味い薬草菓子を作るのかい?そりゃあ、腕が鳴るってもんだ!」
大工の棟梁は、ギデオンさんとは古い付き合いらしく、私の拙い説明にも嫌な顔一つせず耳を傾け、作業効率を考えた大きな作業台や、薬草を種類別に分類して乾燥させるための風通しの良い棚、そして材料を衛生的に保管するための戸棚などを、素晴らしい技術であっという間に作り上げてくれた。王宮で見てきたどんな豪華な家具よりも、その実直で温かみのある仕事ぶりに、私は心からの敬意を覚えた。
鍛冶屋には、特注の焼き窯をお願いした。一度にたくさんの菓子を、均一な火加減で焼けるように、そして燃料の薪も無駄なく使えるようにと、私の細かな要望を伝えると、頑固そうな顔つきの鍛冶屋の親方は、最初こそ「菓子焼き窯なんぞ、専門外だ」と渋っていたものの、私が持参した試作品のビスコッティを一口食べるなり、「……ふむ。悪くない。いや、かなり美味いな。よし、お嬢ちゃんの熱意に免じて、いっちょ最高の窯を作ってやるか!」と、目を輝かせて請け負ってくれたのだ。
工房の準備と並行して、材料調達ルートの確立とコスト削減にも取り組んだ。これまでのように、その日市場で見つけたものではなく、安定的に、そしてできるだけ品質の良いものを安価に手に入れる必要がある。私は、収穫祭で顔なじみになった農家や薬草採集の人々を一人一人訪ね歩いた。
「リリアーナさんの頼みなら、うちの畑で採れたカボチャやリンゴは、できるだけ優先して回すよ。あんたの菓子は、うちの子供たちも大好きなんだ」
そう言ってくれる心優しい農夫もいれば、最初は「若い娘っ子に、商売の真似事ができるのかね?」と訝しげな顔をする気難しい薬草採りの老人もいた。けれど、私が薬草に対する深い知識と、それを使った菓子への真摯な情熱を語り、実際に試作品を食べてもらうと、少しずつ彼らの表情も和らぎ、協力的な言葉をかけてくれるようになった。時には、ギデオンさんがこっそり「あいつは若いが見どころがある。俺が保証する」と根回しをしてくれていたことも、後で知った。
量産化に向けて、レシピの改良も欠かせない。手作業の工程をできるだけ減らし、一度に多く作れるような配合を考え、そして何よりも日持ちを良くするための工夫を凝らす。エルマさんは、私の良き助手として、材料の計量や下準備、焼きあがった菓子の包装などをテキパキとこなし、工房の作業は日に日に効率的になっていった。
「リリアーナさん、このビスコッティ、以前より形が揃って焼きムラもなくなりましたね!」
「エルマさんが、いつも丁寧に生地を扱ってくれるおかげですわ。私たち、良いコンビになれそうですね!」
二人で顔を見合わせて笑い合う。信頼できる仲間がいることの心強さを、私は改めて感じていた。
もちろん、全てが順調に進んだわけではない。新しく設置された焼き窯は、最初のうちは火加減が非常に難しく、何度も大切なお菓子を焦がしてしまった。そのたびに煙で工房中が真っ白になり、二人で顔を煤だらけにしながら大慌てで窓を開けることも一度や二度ではなかった。また、ある特定のハーブが、その年の天候不順で収穫量が激減し、予定していたレシピを変更せざるを得なくなるという事態も発生した。
そんな時、私を助けてくれたのは、やはりハルモニアの人々だった。焦げたお菓子を見て「はっはっは、失敗は成功のもとだ!」と励ましてくれるギデオンさん。新しいハーブの組み合わせの相談に親身に乗ってくれる市場の薬草売り。そして、「このハーブなら、うちの裏山に少し自生しているかもしれない。一緒に探しに行ってみよう」と手を差し伸べてくれるエルマさん。
人々の温かい支援と、数えきれないほどの試行錯誤の末、「薬草菓子工房リリアーナ」は、少しずつ、しかし確実に本格稼働に向けて形を整えていった。工房には、新しい焼き窯の火が赤々と燃え、棚には乾燥中のハーブが優しい香りを漂わせ、作業台には焼きあがったばかりの特産品候補のお菓子が並ぶようになった。
「リリアーナ、見違えるようになったな、この工房も。お前さんの城だ」
完成した工房を見渡し、ギデオンさんが満足そうに言った。
「はい!ギデオンさん、そして皆さんのおかげです。ここから、ハルモニアの町を笑顔にするお菓子を、たくさん生み出していきたいです!」
私の胸には、感謝の気持ちと、未来への確かな希望が満ち溢れていた。
町長や商人ギルドの代表者にも、工房の準備が整い、安定生産の目処が立ったことを報告した。彼らは私の努力と工房の出来栄えに感心し、「これでハルモニアに新たな名物が誕生する日も近いな!」と大きな期待を寄せてくれた。
いよいよ、この「薬草菓子工房リリアーナ」から、ハルモニアの特産品が船出する日が近づいてきている。まずは、町のいくつかの商店で試験的に販売を開始することが決まった。私の作ったお菓子が、この工房から町へ、そしていつかはもっと遠くへと届けられる。そう考えると、胸の高鳴りが止まらなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます