第13話 祭りの輪舞(ロンド)と芽吹く新たな種
収穫祭初日の大成功は、私に心地よい疲労感と、それ以上の大きな充実感をもたらしてくれた。お客様の笑顔、美味しかったという言葉、そして自分の手で稼いだ銀貨の確かな重み。その全てが、私の心を温かく満たし、ハルモニアでの未来を明るく照らしてくれるようだった。
二日目の朝、私は夜明けと共に厨房に立った。昨日、お客様からいただいた貴重な意見を参考に、いくつかの菓子のレシピを微調整する。カボチャパイは、もう少しスパイスを控えめにして、カボチャ本来の甘さを引き立てるように。アップルクッキーは、年配の方にも食べやすいよう、少しだけ柔らかめに焼き上げる工夫を凝らした。そして、昨日特に人気だった「キラキラ木の実の蜂蜜がけ」は、量を増やして用意する。エルマさんも早朝から手伝ってくれ、二人で手際よく準備を進めた。
「リリアーナさん、なんだか昨日よりもずっと自信に満ち溢れているように見えますわ」
作業の合間に、エルマさんが嬉しそうに言った。
「そうですか?でも、エルマさんがいてくださるから、私も安心してお菓子作りに集中できるんです。本当にありがとうございます」
エルマさんの存在は、私にとって姉のような、心強い支えだった。
「リリアーナの薬草菓子工房」の開店時間になると、昨日以上の光景が私たちの目の前に広がった。なんと、開店前から小さな列ができていたのだ。昨日買ってくれたお客様が「あまりに美味しかったから、また来たよ!」と笑顔で声をかけてくれたり、「友達に聞いて、ぜひ食べてみたくて!」と新しいお客様が目を輝かせていたりする。
「いらっしゃいませ!本日も、心を込めて焼き上げました薬草菓子、たくさんご用意しております!」
昨日よりもずっと自然な笑顔で、私はお客様をお迎えすることができた。商品説明も、薬草の効能を伝えるだけでなく、「このハーブは、まるで太陽の光を浴びたような、明るい気持ちにさせてくれるんですよ」などと、少し詩的な表現も交えながら、楽しくお話しできるようになっていた。それは、王宮で家庭教師から物語の読み聞かせをしてもらった経験が、こんな形で生きているのかもしれない、とふと思った。
そんな賑わいの中、ひときわ目を引く一団が、私たちの小さなお店に近づいてきた。立派な身なりの数人の男女。その中心にいるのは、恰幅が良く、威厳のある初老の男性だった。胸元には、ハルモニアの町の紋章らしき飾りがついている。
(もしかして、この方が……領主様、かしら?)
私は思わず背筋を伸ばし、緊張した面持ちになった。
「ほう、ここが噂の薬草菓子屋か。なかなか良い香りが漂っておるな」
男性――やはりハルモニアの町長だった――は、私の並べたお菓子を興味深そうに見つめ、そして私に目を向けた。その鋭い視線に、私は一瞬怯みそうになったが、ぐっと堪え、王宮で教え込まれた礼儀作法を思い出しながら、丁寧にお辞儀をした。
「ようこそお越しくださいました。リリアーナと申します。ハルモニアの豊かな恵みと、薬草の力を組み合わせたお菓子を心を込めて作っております」
我ながら、淀みなく言葉が出てきたことに少し驚いた。
町長は私の応対に小さく頷くと、「では、いくつか見繕ってもらおうか。特に、この町ならではの素材を使ったものが良い」と言った。私は、カボチャのパイや木の実の蜂蜜がけ、そしてこの地方で採れるベリーを使った試作品の小さなタルトなどを選び、それぞれの特徴や使っているハーブについて、理路整然と説明した。専門的な薬草の知識を披露するのではなく、あくまで「お菓子」としての魅力と、それがもたらすであろう健やかな効果を、分かりやすい言葉で伝えるよう心がけた。
町長は私の説明を静かに聞いていたが、時折「ほう」とか「なるほど」と小さく呟き、その目には確かな興味が宿っているのが見て取れた。お付きの者たちが菓子を買い求め、一行が去った後、私は大きく息をついた。ギデオンさんが、心配そうに、それでいてどこか誇らしげな顔で私を見守っていた。
「リリアーナ、大した度胸だな。町長相手に、堂々としたもんだったぜ」
「いえ、ただ……無我夢中でした」
冷や汗をかいていたが、同時に、自分の知識と言葉で、ああいった地位のある方にもきちんと対応できたという事実に、新たな自信が湧いてくるのを感じた。
その日の午後には、また別の出会いがあった。一人の旅の学者のような風貌の男性が、私の作るハーブコーディアルに強い関心を示したのだ。彼は、私が使っている珍しいハーブの組み合わせや、その抽出方法について、専門的な質問を次々と投げかけてきた。
「この『星詠みの花』をコーディアルに使うとは、面白い発想ですね。その鎮静効果と、こちらの柑橘系のハーブの爽快感を組み合わせることで、どのような相乗効果を狙っているのですか?」
まるで王宮の薬師と議論を交わしているかのような、高度な内容の会話。私は夢中になって、自分の考えや試行錯誤の過程を説明した。彼は私の知識の深さに感嘆し、「素晴らしい。ぜひ、あなたの研究について、もっと詳しくお聞かせ願いたい」とまで言ってくれた。
そして、収穫祭の最終日。三日間続いたお祭りも、いよいよ終わりを迎えようとしていた。私の薬草菓子は連日大盛況で、用意した分は毎日ほぼ完売。体は疲労でくたくただったけれど、心は達成感と幸福感で満たされていた。
祭りの片付けを終え、ギデオンさんとエルマさんと三人で、「樫の木亭」の温かいハーブティーを飲んでいると、ギデオンさんがしみじみと言った。
「リリアーナ、お前さん、この三日間で、本当に大きくなったな。もう、ただの『気まぐれ』じゃねえ。立派な菓子職人だ」
エルマさんも、「本当にそうですわ。リリアーナさんのお菓子は、町の人たちをたくさん笑顔にしましたもの」と、優しく微笑んでくれた。
その時、宿屋の扉が叩かれ、昼間に訪れた町長のお付きの者が現れた。
「リリアーナ殿にお伝えしたいことがある、と町長が仰せだ。明日、改めてお時間をいただけぬだろうか、とのことだ」
町長からの呼び出し――。それは、私のハルモニアでの生活に、また新たな風を吹き込む予兆なのかもしれない。
収穫祭という大きな舞台での成功は、私に確かな自信と、たくさんの温かい繋がりをもたらしてくれた。そして、思いがけない出会いや言葉が、私の胸に新しい夢の種を蒔いていく。ハルモニアの町で、私はこれからどんな花を咲かせることができるのだろうか。期待に胸を膨らませながら、私は祭りの終わった静かな夜空を見上げていた。
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