第4話 楽園へ

イヴが俺の手を取って、静かに言った。


「これから、あなたとわたしの行く末を考えねばなりません」


「どうしたんだ、急に」


「申し上げた通り、わたしはシェルターと紐づいています。シェルターとのリンクが切れると、私はそのまま生身のヒトと同じ寿命にまで性能がダウングレードされます」


俺は視線を床に落とした。


「……ですが、わたしは外を見てみたいのです。そのためには、シェルターを離れなければなりません」


「シェルターのドアを――開けて出てゆく、ってことか」


「ええ。シェルターと外を隔てるドアは二重構造になっています」


再びイヴの眼を見る。


「隣の部屋は、シェルターの外部と内部を行き来できる部屋になっているわけですが」


「ああ」


「外の様子は確認できません。それに、私は許可がなければその部屋へは入れません」


俺は目をぱちりとして、


「なぜ?」


「そのようにプログラムされているからです。ロボットだからです」


「でも俺には、あんたはすでに自由を得ているようなものに思えるんだが? それでも、っていうなら、俺はあんたの意見を尊重するよ」


「そうですね。……ここは、あなたのご意思に従いましょう」


俺たちは、シェルターから外部に出るためのドックに移動した。ドックの壁部分に、エレベーターを兼ねたポッドが併設されているのが、透明なアクリル壁越しにわかる。


二重ロックのうちの最初のボタンを押す俺。

ドアがヴィーという音を立て始めると、パウロが傍にやってきた。


「お前も来てくれるんだな。――イヴ、いいのか? 本当に外に出たいのか?」


「ええ。それはもう、間違いなく。シェルターとは違う楽園が広がっているかもしれません。除染も終わり、復興しているかもしれませんし」


イヴの手をしっかりと握ったまま、俺たちは開いたドアからドックへと進んだ。後ろ髪を引かれるようなとはこのような心持ちのことを言うのだろう。


ドアが背後で閉まるのを感じる。

イヴが静かに言う。


「まだ、戻れます。戻るなら今のうちです」


「いや……このままで良い」


眼の前には巨大な円形のドアがある。脇には開閉用と思しきボタンがついていて、近づくと光を発しはじめた!


「ボタンを押すと、ポッドのドアが開きます。その、光る円いドアがそれです」


仮に、ここで俺が身を翻して戻ったとして、イヴと楽園で過ごし続けることもできる。

だが、このまま、進んで、イヴの幸せを叶えてあげることもできる。


俺は後者を選んだ。


ドアがゆっくりと上下に解れる。俺たちはポッド内部に向い合わせになった腰掛けに落ち着いた。


「イヴ、本当にいいんだね? あんたと俺とで心中したいつもりもなければ、あんたを死なせたくもない」


「ええ」


「俺はあんたの求める幸せを尊重するよ」


「本当にいいんですか、逆に質問させていただきますが」


「なんだって?」


「私の役目は、あなたの意思を尊重することだからです。あなたの身の安全を保障するために、私が作られたのですし」


間。


突如として、アラーム音が鳴り響いた。と同時に、機械的な音声が響く。


「シェルター外部、地上上層部セクター23に火災発生。消火作業を開始します」


俺は言った。


「……なぁ、これでも出たいか?」


「……私は、あなたと出会うように運命づけられていたのですね」


「急にどうした」


「生きてきてくれて、ありがとう」


言うと彼女は、立ち上がって俺を抱きしめた。


「……どういたしまして」


俺は意を決した。

ポッド内部の『射出』と書かれたボタンを押す。

筐体が移動するのが体感できる。ぐんぐんと地上に向かって動いているらしい。


22、3秒経ったころだろうか、轟音とともにポッドが停止した。

パウロが、太い声で一声「ワン」と鳴く。


「イヴ、着いたよ」


「……切れました」


「切れた?」


「ええ。シェルターとのリンクが」


「もう――戻れないんだな」


「ええ」


ポッド内に機械音声が響く。


「外部状況を確認。動物性生命の反応なし。23キロ圏内に攻性オブジェクトなし、ただし残骸を多数発見。気温23度、湿度32度。午後3時23分。晴天。――植物の存在、花弁を3点確認。マツバギクと判明」


「イヴ、何だろうな、マツバギクって」


「データベースと照合できないので何とも言えません。見てみましょう」


俺は、恐る恐る『ドア開放』のボタンを押す。

ギギギ、という金属音とともにポッドのドアが開いた。


そこは、一面が畑のような、小高い丘の頂点だった。


(快晴だな)


辺りには、ミサイルや各種機体の残骸と思しきものが点在している。


その真下、緑の芝の上に、三つの小さな紫色の花が咲いていた。細長い花弁が幾つも放射状に伸びている、かわいらしい形だ。

俺はしゃがんで、その花を指さし、


「見ろ、イヴ、この花だ」


「ええ、綺麗ですね」


言ったイヴもしゃがむ。その横顔の綺麗な事。


「イヴ……なんか夫婦みたいだな、俺達」


「ふふ、そうですね」


遠くを見渡すと、街らしきもの――いや、街だったものが見てとれた。

この荒涼たる世界を、生きてゆかねばならないのだ。


「イヴ……すまん。あんたにお似合いじゃない幸せだ、これは」


「そんなこと、決してありません。これでわたしも、『楽園』とさようなら、ですから」


「『失楽園』だったか? なんか似たような話があったな」


シェルターを脱出した以上、俺は『楽園』をあとにするしかなかった。と同時に、イヴは永遠の命を終える存在となってしまった。


「わたしも、幸い、いわゆるサバイバル術のノウハウを一通り記憶しています。何とかなりますよ」


だが、もう――もう、戻れないのだ。


「追い出されたんだっけ。最初のヒトたち二人が」


「ええ。でも今回は違います。あなたがすべての責任をとって、私を連れて、自ら楽園から飛び出したのです」


「そういや、俺、まだ名前を思い出せてないや」


パウロが横で尻尾を振りながら俺を見ていた。

イヴが再び喋る。


「あなたの名はアダム。ですから再び、神さまに委ねて、眺めてゆきましょう。創造のを」




< 了 >

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シェルターと楽園と 博雅(ひろまさ) @Hiromasa83

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