第3話 出逢い
「自由意志?」
「そう。私の存在意義があるのはここだけなんです」
「物理的に外に出れば良い話じゃないか。……もしかしてここのサーバーと繋がってるから?」
「正確には、自立型ではあるが制御されている、という状態です」
「ふむ。――よくわからんね」
「確かに、外界に足を踏み出せば自由が手に入ります。ですが、それは同時にこのシェルターの永続的な閉鎖を意味します」
俺は立ち上がり、リンゴを少し齧って、両手を広げて言う。
「見ろよ、ここはすでに楽園じゃないか。衣食住にも困らない。ほぼありとあらゆる病気にも対応してもらえる」
「ですが、わたしは外に出てみたいのです。自由とは何か、それを掴みたいのです」
「除染だったっけ? あれって数十年とか、数百年とかかかるんだろ?」
「いえ、最新鋭の除染システムが稼働してさえすれば、核汚染は無効化されているはずです」
「この一年で、か?!」
俺は目を見開いた。
核を除染できるというだけで称賛に値するのに、あっという間にそれを成し遂げる。
俺が眠っている間に、一体どれだけ科学が進歩したのだろうか。
「ここから出ても、まともな生活ができるっていう保証はないんだろ?」
「いいえ、人類の回復力を侮ってはなりません……あっ」
ここで突然イヴが両耳を押さえた。
「ど、どうしたの」
慌てて訊く。
「定点観測カメラの動画が……1年分のデータが……消えています!」
「ええっ、そんなことが」
「なんという失態でしょう。お叱りください」
俺はため息をひとつついて、
「叱るも何も、俺はあんたの監督者じゃないし、そもそも管理されてるのは俺のほうだろ」
「申し訳ございません」
45度の礼をして詫びるイヴ。
「いやいや、謝ることはないんだよ。でも、外が気になるね」
「でしょう? あなたがAIなら、自由を得たいとは思いませんか?」
「んー……」
「どうですか?」
「……俺なら、ここにとどまることを選ぶかな」
「ですが、外界との一切のコンタクトを、一生取れないんですよ?」
咳払いをする俺。
「あんたはそう言うけど、そもそもすべて破壊しつくされてたらどうなる?」
「えーっと……」
突然無口になってしまうイヴ。軽くバグってしまったのだろうか。
「第一、あんたも俺も、ほぼ同じヒトなんだし、外に出たところでまともにサバイブできるとは限らんだろうに」
「ですが、私は制約を放棄し、一人のヒトとしてその存在意義が確率されます」
「今でもじゅうぶん存在意義があるじゃないか」
「いえ、私はあくまでこのシェルター専属のアンドロイドです。もともと外界に行くために製造されていません」
「もしかして……あんたを整備する技師がいなくなる、っていう意味か?」
イヴは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「その意味であれば、わたしも『死』を経験することになると思います」
間。
「そうまでして得たい自由って何だ?」
「あなたが目を覚ます前から、わたしはあなたを知っていました。あなたを待っていたんです」
「?」
「あの日、あの場所であなたが倒れていなければ、わたしは今、まったく別の人物と、まったく別の関係を築いていたに違いありません」
大きく瞬きをする俺。
「ほら、あの子です……お目覚めからまだ、会っておられませんね? 犬型アンドロイドのパウロです」
言うと、いつからそこに居たのだろう、部屋の隅から巨大な犬が尻尾をふりふり走ってきた。
俺に勢いよく飛びつくと、頬をぺろぺろと舐め始める。
「ちょ……待っ……この子も……アンドロイドなのか?」
「申しあげたでしょう、犬型だと。そう、アンドロイドです。あなたを背中に乗せて運んできたんですよ」
「そうか、君が……」
頭をわしゃわしゃと撫でてあげる俺。
「お手やおすわり、『取ってこい』も出来ますし、『だるまさんが転んだ』だって出来るんですよ♪」
嬉しそうなイヴ。
「さっきの話だが……あんたは『死亡』したいとかなんとか言ってたな、あれはなんでだ?」
「私は、戦争前にシェルター外で勤務していた頃、数多くのヒトを看取ってきました。老衰で亡くなる方、突然の病気で亡くなる方、あるいは――自死を選ぶ方」
「……」
「『さようなら』が、悲しさだと、学びました。だからこそ、わたしにはある感情が生まれたのです。永遠という呪いから解放されたいと。わたしもヒトのようになりたいと」
イヴはその両手をしっかりと握りしめて続ける。
「ヒトのカタチとして創られた以上、そのカタチに備わる、いえ、備わっていなければならない定めを、わたしは欲するようになったのです」
俺は頭を指でぽりぽりと掻いた。
「ここなら永遠に近く生存できるんだろ?」
「そのとおりです」
「じゃあ、逆を行くまでだ。今すぐ外に出よう」
「それは出来ません。管理者たるわたしは、あなたの意思を尊重するように造られていますので」
目を見開く俺。
「俺の、意思?」
「はい」
イヴは漆黒の髪を指に巻きつけては解き、巻きつけては解きを繰り返す。
「ところであんたは何歳……いや、いつ製造されたんだ?」
「かれこれ二百三十五年前あたりになるでしょうか」
「ええっ」
俺は大いに狼狽した。
「データによればあなたは三十四歳とあります。ふふ、私よりも随分お若くていらっしゃるんですね」
「わははは」
しかし、おちおち笑ってはいられない。
これからのことをどうするか、本気で考えねばならない。
「わたしとご一緒じゃ……お厭ですか?」
座っていた彼女が、心なしか体を俺のほうに寄せてきたように思える。
「い、いやってわけぁないけど……」
「もしかして、言い交わした方とか、もう既にいらっしゃるんじゃありません?」
俺は思い出そうと必死になったが、わらを掴むようで、まったく記憶の欠片すら手に取れない。
妻か、恋人か、女友達……いたようで、いなかったような。
しかしながら、この眼の前――もとい隣に居る『女性』に対して、恋情とも友情ともつかない、ある種の念が芽生え始めているのも俺は認めざるを得なかった。
「まさか、俺の記憶を消したりとかは……してないよな?」
「ロボトミー手術は、アナログ・デジタル両面で国際的に禁止されています。ご安心ください」
それにしても、なんという人を惹きこむような瞳や目配せをしているのだろう。
これがアンドロイドだとはとても信じられない。
それから俺たちは、外の世界の事やこのシェルターの事、アンドロイドの事、趣味や伝統といった様々な事柄を話し合った。彼女との会話は、やや効き目の強いクーラーの環境の下で、心温まるものだった。実際に抱きしめられたわけではないけれど、心が何か強く柔らかいもので包まれる心地がした。
数時間後、俺は気づいた。
(これは、恋だ)
その後、一緒に映画を見たり、本を読み聞かせてもらったり、アスレチック施設でボルダリングをしたりと、シェルター内で様々なエンターテイメントに興じた。ここが
、ある意味で『狭い』シェルターであるという事実を忘れさせてくれるほどだった。俺たちは二人して笑い、そして時として泣いた。
三日ほど経ったある日の昼下がり、イヴが差し迫った様子で話を始める。
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