第8話 継承

 終わった、という感触があった。

 心臓をぶち抜いた竜王の手刀は、静真にとっては死そのもの。

 魂の鎧すら貫通し、静真の肉体を穿ったその一撃は間違いなく、静真に致命傷を与えた。


『《さて、予定変更だ》』


 ずるり、と竜王は静真の胸から手を引き抜いて、昭輝へと向き直る。

 焼け焦げ、背中の一部と片翼が潰された状態で。


『《この姿ではろくに逃げることも出来ん。故に、悪いが貴様を確実に殺すため、無理をさせてもらおう》』


 既に、致命傷を与えたジーンと静真には一瞥もせず、竜王は昭輝へ宣言する。


「んだよ、仲間割れか? 無理せず、大人しくやられてもいいんだぜ?」

『《くくく、生憎、我は王でな? どれだけ傷が痛もうとも、忠臣の裏切りに心を痛めようとも、為さねばならぬことがある》』


 故に、と言葉を次いで、竜王は己が魔力を放出した。


『《ここから先は命がけだ――――王威顕現》』


 放出された魔力は、瞬く間に周囲を覆いつくし、やがて一つの領域を作り出さんとする。



『《開け、【禍重空域】》』



 そして、がおんという空間が閉じる音と共に、二人は消失した。

 竜王と昭輝、この二人が神社の前の空間から消え去ったのである。


 …………。

 ……。


『《やはり王権を発動しましたか、我が王》』


 二人が消え去ってから数秒後、静真の足元から湧き上がる人影が一つ。


『《我が王の王権は、自身が有利な空間を構築するタイプのもの。取り込む相手が増えれば増えるほど、その王権の発動に負担がかかってしまう。従って、既にほぼ死体の僕たちを巻き込む道理はない…………だが、巻き込まれたら間違いなく死んでいたことを考えると、やはり、静真は運が良い人間なのかもしれない》』


 漆黒の影を操るジーンは、砕かれた魂の鎧を解き、それを糸のように細くして静真の胸へと注ぎ込んでいく。


「――――運が良い人間は、そもそもこんなことにはならない……って、あれ? げぼっ」


 やがて、漆黒の糸となった魂がほとんど静真の胸に注がれると、肺も復活したのか、吐血混じりながらも言葉を発せるようになった。


『《我が王が念入りに止めを刺さなくて良かった。心臓と一部の内臓だけならば、僕の力で『模倣』させて、なんとか動かすことが出来る》』

「げほっ、ごぼっ…………あー、リアルの吐血とか初めてっていうか、あのさ、ジーン」

『《なんだ? 静真》』

「俺は、死ぬのか?」

『《…………ああ、すまない》』


 ただし、一時的には、という注意書きが付くが。


『《今、僕の魂で修復個所を埋めようとしているが……いかんせん、王はあの攻撃に権能を用いていた。恐らくは、『絶対攻撃』の類だろう。傷自体が修復を拒み、血液を完全に止めきることが出来ていない》』

「そう、かぁ」

『《すまない。僕の想定が甘すぎた――己惚れていた。裏切る癖に、相手には完全に信じられていると思っていたのだから》』

「いいや、俺も、多分、悪かった。お前を、信じ切れなかった。だから、遅くなった。攻撃が少し遅れた……仕留めきれなかった」


 静真はジーンと言葉を交わしながら、呆然と夜空を見上げていた。

 ――――死ぬ。

 自分は死ぬ。そのことに関して、静真はひどく現実感がなかった。

 現実だと思えるわけがなかった。

 いきなり胸に大穴を開けられて、恐らく、ジーンが延命してくれなければそのまま即死。漫画やアニメとは違って、遺言を残す暇もない、あっけない死を迎えていただろう。

 そして今、執行猶予を貰えたとはいえ、間もなく死ぬ命になってしまった。


「己惚れていた、のか?」


 ここに至って、静真は自身の無謀を理解し始めていた。

 漫画の主人公になったつもりだったのだろうか?

 特撮モノみたいなヒーローと出会い、期待されて、何かになれると思い違えてしまったのだろうか?

 死ぬ危険性があるということを、本当の意味でわかっていなかったのではないだろうか?

 ジーンと共犯になった癖に、ジーンを信じ切れずに足を引っ張り、挙句の果てがこの様。

 何も為せずに、母親に悲しみ遺して、無様に死ぬ。


「ヒーローになれるって思ったことが、己惚れだったのか?」


 そんなことは嫌だ、認められない。

 認められないが、これはどうしようもない現実である。

 鳴上静真という人間は、これから死ぬのだ。


「……死にたく、ないなぁ」

『《…………すまない。くそっ、無辜の人間一人も助けられず、何が、騎士か!》』


 静真の弱音はジーンに拾われ、後悔と憤怒の言葉に揺られて消えた。


「…………あぁ」


 段々と体から熱が抜けていく中、静真は走馬灯も視ずに、暗雲に包まれた夜空を見上げることしかできなかった。



●●●



 竜王が発動した王権、【禍重空域】はあらゆるバフデバフの重ね合わせを実現する領域だ。

 まず、展開した領域は空中。

 足場のない遥か上空を再現した領域であるため、飛行能力がなければこの時点で致命的。

 そして、この領域内では竜王以外の者は常にかかる重力が増え続ける。

 一度付いた傷は癒えない。

 酸素濃度は低下し続ける。

 疲労した体力は回復せず、段々と加速的に疲労が増え続けていく。

 対して、竜王はこの空域内の運動能力は常に向上していく。

 傷は癒え続ける。

 疲労はせず、ほぼ無尽蔵の体力を実現可能。

 まさしく、無法極まりない領域を展開する能力こそ、竜王の王権なのだ。


『《くはははっ! くははははっ! 死ねぇい、番人! 我が心を苛む傷を癒すため! 貴様の首を我に捧げろぉ!》』


 加えて、竜王には権能がある。

 部下全ての権能の複製がある。

 『鱗』の騎士の自動防御。

 『翼』の騎士の学習能力。

 『影』の騎士の模倣能力。

 『牙』の騎士の絶対攻撃。

 全ての権能を自在に、同時に扱うことも可能なのだ。


『《どうした最強の番人!? 防戦一方かぁ!?》』


 竜王は飛ぶ。

 音を超えた素早さで。

 装纏の鎧を砕く絶対なる攻撃を振るって。

 昭輝からの反撃は鱗で自動的に防御して。

 たとえ、攻撃を回避されても、学習能力で段々と昭輝の動きを見切って。

 一撃。

 致命的な一撃を放つため、竜王は全身全霊を振り絞っている。


『《貴様もわかっているだろう!? この領域内に居る限り、我の勝利は揺るがないと!》』


 だが、それでも内心、竜王には余裕は無かった。

 何故ならば、宿主である未咲が竜王の力に耐えきれるとは限らないからだ。

 竜王が持つ王権はあまりにも強すぎるため、発動した瞬間、その反動で宿主の心身がダメージを受け続けるのだ。領域の回復効果で誤魔化してはいるものの、所詮は一時の誤魔化しに過ぎない。このまま戦闘を続ければ、未咲は死を免れない。そうなれば、宿主の死と共に竜王の魂も輪廻に還ることになるだろう。

 それ故に、竜王は勝負を急ぎ、挑発しつつも昭輝の隙を伺っているのだ。


「良く吠えるじゃねーか、転生者風情」


 だが、竜王は知らない。


「んじゃあ、遠慮なく――――全力を出させてもらうぜ?」


 最強の番人、稲川昭輝の全力を。


「この閉じた空間なら、遠慮なくやれる」


 強すぎるが故に、市街地では使用が許可されていない本気を。


「神威顕現――【炎神・超力駆動】」


 昭輝から立ち上がる紅蓮の炎、それがだんだんと収束する。

 昭輝の頭上に収束し、紅蓮の炎が白み始め、やがてそれが眩いほどの光へと変わって。



「仮装神格取得、制限解除――――【白光・天照】」



 光の速度で領域をぶち抜き、竜王へ飛び蹴りを食らわせた。




 静真から憧れのヒーロー扱いされている昭輝であるが、その実、『誰でも絶対に助ける』という気概に溢れた益荒男というわけでは無い。

 どうしても助けられない人間が居る、という現実をこの上なく思い知っている。

 故に、静真が竜王に放った一撃は、『宿主が死んでもかまわない』という威力を込めたものだった。


 疑似光速。

 神威により、物理法則を塗り替えながらの一撃は、その余波で街の一角が吹き飛ぶほどの威力がある。だが、これもまだ神威による条理を捻じ曲げた一撃だからこそ、この程度で済んでいるのだ。本来、光速とは実現するだけでも、その余波で惑星が滅ぶほどのエネルギーを秘めているものだ。


『《ぜぇ、ぜぇ、ぜぇっ――化け物、め》』


 従って、竜王が生き残った理由は偏に、直撃は受けなかったからに過ぎない。

 昭輝が必殺を放つその直前、自ら王権の領域を崩壊させることにより、現実空間への帰還を謀ったのだ。そのため、ギリギリ直撃を受けずに領域は崩壊し、領域の崩壊を感知した昭輝のコントロールにより、必殺の一撃は威力を急激に削がれることになったのだ。


『《最強の番人……まさか、ここまでとは!》』


 しかし、直撃を受けず、余波だけでも竜王は半死半生の有様だった。

 黄金の鱗のほとんどは剥がされて。

 装纏の鎧の半分は砕かれ、未咲の肉体が露出している。

 それでも辛うじて、生命を維持しているのは、それだけ竜王の生命力が、魂の力がずば抜けているということだろう。


「最強、ね。その呼ばれ方さ、好きじゃねーんだよな? 最強? だから何だっての。小学生や中学生じゃあるまいし。今時、最強ってあんまり流行らなくないか?」


 だが、それもここまでだった。

 半死半生の竜王の前に、無傷の昭輝が立っている。


『《は、ははは、馬鹿め。いつの時代も、最強は人気ジャンルの一つだ。エンタメを今すぐ勉強してこい》』

「おー、そうかぁ? ま、所詮は俺、オジサンだし。感性が全然新しくないのかもなぁ? やれやれ、オジサンになるって嫌なもんだ」


 全身全霊の必殺技を放ったため、消耗は大きいが致命的ではない。

 竜王に止めを刺す力は残っている。

 竜王もそれを理解している。だから、減らず口で少しでも意識を散らそうとしているのだ。

 わずかな勝機を探そうとしているのだ。


「テメェを倒してから、近所の本屋で適当にラノベでも買ってみるわ。まぁ、転生モノは買わないが」


 しかし、当然ながら昭輝はそれを許さない。

 油断なく竜王を見据え、それでいて周囲への警戒も怠らなかった。


「――――は?」


 それ故に、昭輝は見つけてしまった。

 神社の前の石畳。

 そこで仰向けになって転がっている人物を。

 装纏状態が解除され、精一杯の生命維持を行っている少年を。

 自分の後継者だと思っていた静真が、命を失いかけている姿を。


『《――っ! 今しか、無い!!》』


 一瞬、ほんの一瞬だけ、昭輝の意識が逸れるのを確認した竜王は、逆転の一撃を放つ。

 それはドラゴンブレス。

 魔力を凝縮し、レーザービームの如く放つ、悪あがきの一撃。

 王権も、権能も、全てがろくに使えなくなった竜王が放つ、起死回生の一撃だ。

 だが、その目標は昭輝ではない。いくら意識が逸れたとはいえ、この程度の隙で仕留められるとは思わない。


『《ジーン。貴様は最後まで我の役に立ったぞ》』


 故に、狙うのは静真。

 死にかけで、動けるはずがない状態の静真へ、渾身の一撃を放つ。

 悪辣に、昭輝の善性を信じて。


「――――っ!!」


 昭輝は物語の中のヒーローではない。

 現実を知っている。

 ジーンが裏切り、その宿主が死にかけた時も特に感情は動かさなかった。

 その程度ですり減るほどの情緒は残っていない。

 だが、しかし、それでも。


「少年っ!」


 昭輝の体は、勝手に動いたのだ。

 自らに憧れる少年を助けるために。



◆◆◆



 稲川昭輝は鬼子として生まれた。

 母親の胎内から生まれた時既に、頭髪は生えていて、歯も生え揃っていたらしい。

 生後三か月で既に、立って歩けるようになって。

 生後六か月では、簡単な言葉で会話できるようになって。

 生後一年が過ぎた頃にはもう、幼稚園児と変わらぬぐらいの知性が運動性を持つようになっていた。


 ――――裕福な家に生まれれば、あるいは神童として愛されたかもしれない。


 だが、昭輝が生まれた家は貧困極まりない、十代のシングルマザー。

 男には逃げられ、まともな仕事に就くことも出来ず、その場しのぎの金を稼ぐだけの毎日を送っている人間が母親だった。

 故に、生後一年の時点で母親に捨てられた。

 異常な成長を気味悪がられて、まるで怪物でも見るような目で恐れられ、警察署の近くに捨てられてしまったのである。


 母親に捨てられた昭輝は、施設で育つことになった。

 しかし、その施設でも昭輝は浮いていた。早熟の成長もそうだが、他の子どもたちよりも遥かに頑丈で、人間離れした怪力を持っていたためである。

 同じ年頃の子供たちを遊ぼうにも、昭輝が少し手を振るだけで子供が吹き飛ぶ。泣き叫ぶ。下手をすると大怪我を負わせてしまう。

 そうなれば、自然と周囲の子供たち――否、大人ですら昭輝を恐れ始めて。


「俺は強い。強く生まれたんだ。だから、自分よりも弱い奴に何をしてもいいんだ。だって、俺は強いんだから」


 理解者を一人も得られなかった昭輝は、中学生の時から盛大に不良化した。

 気に入らない奴は殴って。

 歯向かってくる奴も殴って。

 大人だろうが子供だろうが関係なく殴って。

 そして、誰も昭輝には敵わない。

 地元の不良なんて鎧袖一触。

 ヤクザものですら目を合わせられない。

 補導のため、警察官が五人がかりで取り押さえようとしても、まるで相手にならない。人型のヒグマでも相手にしているかのように、蹴散らした。

 これで人を殺したり、犯罪集団に所属しているのならば、国家機関はあらゆる手段で昭輝を捕縛しようとしただろうが、そこら辺の線引きは出来ているのか、あるいは力加減が上手いのか、そこまではいかない。

 不良となっていても、人間の規格を外れた力を持っていても、なけなしの良心によるものなのか、昭輝は警察が『補導を諦めてもいい』程度にはマシな素行の不良――もとい、犯罪者だった。


 警察ですら手を出せない、札付きの不良。

 その強さはさながら、ヤンキー漫画の主人公かラスボスのようで、周囲から畏怖を集めながら、昭輝は孤高を気取っていた。

 誰にも負けず、誰よりも強い自分は、孤高であるしかないのだと思っていたのだ。


『《けけけっ! 粋がるなよ、犯罪者がぁ!!》』


 転生者に襲われ、死にかけるその時までは。


『《ちょっと力が強い程度で! 偉そうにしやがって!! ふふっ、そうだね。そうだよ。私もそう思う。だから、さっさと殺すがいい。ああ、殺してやるっ! ふふっ、その罪悪感で君の心が折れるとも知らないで。ふふふっ》』


 その転生者は意識が混濁し、自他の境界が曖昧な状態だった。

 しかし、装纏状態になれる程度には浸食しており、つまりは――物理法則に依存した攻撃が通じない相手だった。

 それ故に、昭輝は敗北した。

 生まれて初めて敗北した。

 道理の通じない怪物に襲われ、生まれて初めて死の恐怖を抱いて。



「おーい、少年。大丈夫か?」



 いかにも怪しい風体のオッサンに救われたのだ。




 昭輝を助けたオッサンは、年がら年中ジャージを着ているような、清潔感皆無の髭もじゃなオッサンだった。

 しかし、そんなオッサンの正体は、炎の神機を扱う番人だった。

 転生者という、この世ならざる力を使う存在を討ち滅ぼす、正義のヒーローだった。

 少なくとも、昭輝にはそう見えた。

 何故ならば、そのオッサンは生まれて初めて、昭輝をまともに助けてくれた人だったのだから。


「あん? 弟子になりたいだぁ? やめとけ、やめとけ! 若い奴が、こんなしょぼくれたオッサンに弟子入り志願なんてするもんじゃねーよ!」


 今まで大人というものをまるで尊敬していなかった昭輝は、ここで初めて尊敬を抱く大人を見つけ、弟子入り志願を頼み込んだ。

 別に、正義のヒーローになりたかったわけじゃない。

 ただ、昭輝は知りたかっただけだ。自分を助けてくれたオッサンが、どんな人間なのか? それを知りたいが故の弟子入り志願だったのだ。


「……はぁー、ったく。言っておくが、危険な真似はさせねぇからな? あ? 強い? んなもん、転生者相手に関係ねぇだろ! テメェは一回、殺されかけても反省できねぇのか? ああん!?」


 昭輝は土下座する形でオッサンに頼み込み、どうにかこうにか認められることが出来た。

 オッサンの顔には『どうせ、すぐに飽きるだろ』みたいな表情があったが、微塵も諦めるつもりなどは無かった。


「悪ガキの世話なんざ、かったるくて仕方がなぇな、ったく」


 かくして、昭輝と番人のオッサンとの師弟生活が始まったのだった。



「いいか? ガキ。俺が言えた義理じゃねーが、パチも酒もタバコも、全部大人になってからやれよ? 何故かって? あれな、意外とだせぇんだよ。悪ぶるためにやるのも、若いうちからそういう娯楽に依存している奴も」


 昭輝が最初に教えられたのは、ある意味、当たり前のことだった。

 子供に対して、大人が最低限のモラルを教える類の奴だった。



「ガキ。テメェは笑顔がかてぇよ。そんなしかめっ面で誰を助けられるってんだ? ああ? なんだその顔は……笑顔!? それで!!?」


 次に教えられたのは笑顔だった。

 誰かを助ける立場にあるものが、しかめっ面の湿気た顔をしていてはいけない、と。

 ただ、昭輝はいくら笑顔を練習しても、どうしても胡散臭いか気味悪い笑顔になってしまったのだが。



「ガキ。転生者のことだけじゃねぇ。常に、身の回りを意識しろ。力があるからって観察をないがしろにするな。観察こそ番人の――いいや、大人の基本って奴だ」


 三番目に教えられたのは観察だった。

 もっと周りに興味を向けること。それが引いては番人の仕事に、戦いに、ありとあらゆることに役立つのだと。


 他にも、色々なことを昭輝はオッサンから習った。

 番人としての戦い方。

 神機と心を通わせる方法。

 装纏状態へと変身する方法。

 多くの、あまりにも多くのことを、昭輝はオッサンとの日々で教えられて。



「昭輝……お前は、立派な、大人に…………」


 最後に教えられたのは、人は死ぬということだった。

 どれだけ強く思えても、どれだけ凄いヒーローに思えても、人は死ぬ。

 そう、昭輝が師匠と慕うオッサンは、番人として戦い、そして――――転生者の親玉である異世界の神と相打ちになって死んでしまったのだった。


「安心してくれ、師匠。俺が、俺がアンタの後を継ぐから」


 昭輝に神機と、ヒーローとしての志を遺して。




 番人となった昭輝は、すぐに頭角を現し始めた。

 元々、人間離れして強かった昭輝が、更に神機の力まで上乗せされたのである。

 まともに敵う者など、転生者はおろか同じ番人でもほとんど居なかった。

 だが、その強さ故に昭輝は常に最前線。

 天見町を守るため、熾烈な戦いを繰り広げていた。


「俺が皆の日常を守るんだ。それが、師匠から受け継いだヒーローの意思!」


 最初の五年間ほどは、まだ昭輝は志を強く持っていた。


「……辛く、苦しい時もある。だが、それが戦いを辞める理由にはならない」


 十年が経つ頃には、想いは色褪せ、様々な挫折を経験していた。


「あーあ、面倒くせぇな。転生者の奴ら、勝手に死なねぇかなぁ」


 そして、戦い始めてから十五年以上の時が経った現在、すっかり昭輝は擦れ切っていた。

 助けた人間は数知れず。

 倒した転生者の数は三桁に及ぶ。

 幾度も異世界から漂流してきた神を討伐し、天見町に平和を取り戻した。

 けれども、その裏で救えなかった人間も居た。

 転生者に目の前で殺された人間。

 転生者が強すぎて、殺す気で倒すしかなかった宿主。

 異世界の神に殺された、番人の同僚。

 そんな救えなかった者の数だけ昭輝は挫折し、その度に心を擦り切れさせていったのである。


 だからこそ、後継者を望んだのだ。

 もうヒーローとして戦いたくないからこそ、後継者を探したのだ。

 自分みたいな強いだけのまがい物ではなく、肝心な時に誰かの窮地に駆け付けられる、間に合わせられる『タイミングの良いヒーロー』を生み出すために。

 無論、それがエゴであると昭輝は理解していた。

 自身の罪悪感を軽くするため、そんな夢みたいなことを考えているに過ぎないと思っていたのだ。


 鳴上静真という、本当に『タイミングの良い人間』に出会うまでは。



◆◆◆



 静真はその瞬間を見ていた。


「少年っ!」


 昭輝がとっさに静真を庇い、竜王の全身全霊を受け止める瞬間を。

 神機の鎧が半壊し、中身の血肉が飛び散る瞬間を。


「ぐ、うぅううううおおおおおおおおっ!!」


 そして、全身全霊を受けきった後で、明らかに死にかけているその姿で、昭輝は竜王へと痛烈なる蹴りを食らわせて見せた。


『《ぐがっ!?》』


 全身全霊を放ったばかりの竜王は、サッカーボールのように吹き飛び、石段の下まで転がり落ちていく。


「はぁ、はぁ、はぁっ……大丈夫、だったか? 少年」

「……あ、あああっ! 昭輝さん!? な、なんで、なんでこんなこと!?」


 静真は見た。

 昭輝のボロボロの肉体を。

 途切れることなく流れる血液を。

 大きな損傷から零れる内臓を。

 ――――終わりゆく命を。


「お、俺は死ぬのに!? 死んでしまうのに!? 見捨てるべき状態だったのに! 助けたって意味は無いのに! なんで、なんでこんな俺なんて庇ったんだよ!?」


 静真の叫びは悲痛そのものだった。

 自分が死ぬだけならば、まだ何とか納得できる。自業自得の結末だ。

 だが、憧れたヒーローが死ぬのは、愚かな自分を庇って死ぬのは許容できない。


「そうか……なるほどねぇ。何がどうしてこうなったかはわからんが、まぁ、俺が最後にやるべきことはわかったぜ」


 悲痛な静真の声とは異なり、昭輝の声色は穏やかなものだった。


「最後の最後、間に合えて良かった。ははっ、これはタイミングが良いのはどっちなのか? いや、どっちでもいいか。助けられんなら、どっちでも」

「昭輝さん? 待て、待ってくれ。貴方は一体、何を――」

「炎の番人、稲川昭輝の名において、神機継承の儀を執り行う」


 昭輝は手のひらをかざし、そこへ紅蓮の炎を灯す。

 その炎は煌々と燃え盛り、段々と勢いを強めていく。

 昭輝の装纏状態を解除していく代わりに。


「聞け、少年。今からお前に神機を継承させて、『融合』させる。賭けになるが、どうせ死ぬなら俺は、お前が適合する方に賭ける。上手く行けば、神機がお前の失ったものの代わりになってくれるだろうよ」

「だ、駄目だ! 昭輝さん! 俺なんかに使うな! そんな方法が、致命傷を回避する方法があるのなら、俺じゃなくて貴方が使うべきだ!」

「ははっ、馬鹿言え」


 笑いながら、装纏状態が解除された顔で、昭輝は言う。



「大人は子供を助けるもんだろ?」



 その人生を締めくくる、最後の言葉を。


「あ、ああっ! あぁああああっ!!」


 呻き、叫ぶ静真は感じていた。

 紅蓮の炎が、神機が、自身の胸に灯っていく熱を。

 昭輝の体から熱が失われていく様相を。


「あぁああああああああああああっ!!」


 命と使命が継承され、自身の生命が活性化していく。

 先ほどまで死にかけだった肉体に、満ちて溢れるほどの力が湧き上がっていく。

 けれども、静真にはそれが、昭輝の命が失われていく証明に思えて。


「うぁああああああああああああああっ!!」


 最後の最後、紅蓮の炎が昭輝の下から消え去った瞬間、獣のように慟哭した。

 もう、昭輝が動かないことを悟ってしまったかのように。


 ………………。

 …………。

 ……。


『《案外、上手く行くものだな》』


 ざりっ、と石畳を歩く足音が響く。


『《漫画やアニメでは、この手の古典的攻撃は失敗するものだが……現実ではどうやら、意外と上手く行くものらしい》』


 竜王が石畳を歩き、静真の下へと歩いていく。


『《最強は死んだ。王すら――否、神すら凌駕したであろう、最強の番人は死んだ。自らの情に負けて死んだ》』


 静真は動かない。

 ただ茫然と涙を流しながら、昭輝の死体を見下ろしている。


『《後は、裏切り者を始末すれば完璧だ。流石に、このまま神を討つことは叶わんが、それでもあの最強を殺せたのならば、悪くない戦果としよう》』


 やがて、竜王は静真の前へと辿り着き、まだ装纏の爪が残っている腕を振り上げる。


『《さらばだ、ジーン。我が騎士、我が影――――我が友だった者よ》』


 そして、その腕は、その爪は、ギロチンの如く振り下ろされる。

 同胞にして、裏切り者の命を絶つために。

 ――――静真の瞳に、炎が灯ったことにも気づかずに。


『《…………は?》』


 竜王の爪は空を切った。

 眼前に居たはずの静真の姿が消えている。


「俺は馬鹿だった。なんの覚悟もない馬鹿野郎だった」


 背後から聞こえる静真の声に、とっさに竜王は振り返る。


「自分が死ぬことも、憧れを殺してしまうことも考えない、馬鹿で、愚か者で」


 振り返った先、竜王は見た。

 目を見開き、苦悩と共に言葉を紡ぐ静真の胸に、紅蓮の炎が灯っている姿を。

 その炎を、静真の手が握り潰すかのように、雄々しく掴んだ瞬間を。


「それでも、受け継いだものをここで終わらせるわけにはいかない」


 紅蓮の炎が燃え盛る。

 炎が鎧の如く静真の肉体に纏われる。


「神機装纏」


 そして、変身は為された。


「竜王、ここからは俺がお前の相手だ」


 人型の戦闘機。

 昭輝が、更にその先代が、大体受け継いできた装纏の鎧を受け継ぎ、静真は今、神機一体の番人として覚醒した。




 音速の攻撃。

 音を置き去りにした拳。

 纏うは紅蓮の炎。

 神威を宿した力。

 それは魂の鎧を砕き、焼き尽くすためのものだ。


「うぉおおおっ!」


 その拳が、静真の攻撃が今、竜王へと振るわれて。


『《馬鹿が》』

「――っ!?」


 吐き捨てるような言葉と共に、受け止められた。

 昭輝の時はあれほど翻弄されていたというのに、今、振るわれた拳は呆れるほどあっさりと受け止められた。


『《あの最強から力を継承したか? その力で致命傷を脱したか?》』

「ぐ、ぐぐぐっ」

『《――で、それがどうかしたか?》』


 竜王は受け止めた拳を強く握り、そのまま振り回して、大きく投げ飛ばした。


「ちぃっ!」


 静真は投げ飛ばされた空中で体勢を整え、手足の噴出口から炎を吹き出して飛ぼうとするのだが、上手く行かない。手足から吹き出る炎の勢いがばらばらで、空中でぐるりと回転し、勢いよく石畳へと体を叩きつけてしまう。


『《我が恐怖し、警戒したのは、あの最強だ。歴戦の番人だ》』


 そんな静真の隙を見逃すことなく、竜王は残った力でドラゴンブレスを幾度も放つ。

 先ほどの全身全霊ではなく、威力も大きく削れたものだが――今、この時、静真を相手にするには十分な代物だった。


「がっ、ぐっ!?」


 到来するドラゴンブレスを静真は、紅蓮の炎で相殺――しきれず、強い衝撃を受けて石畳の上を転がっていく。


『《力を持った素人程度、我の敵ではない》』


 静真が転がっていく中、悠々と竜王は装纏状態を修復していた。

 魂に受けたダメージが癒えるわけでは無いが、残った鎧を引き延ばし、成形し、露出した生身の部分を覆いつくす。

 加えて、自動防御の鱗をその上から纏い、防御力を向上させた。


『《思い上がるな、宿主風情》』


 その状態で竜王は静真との距離を肉薄。

 鋭い爪の生えた五指で静真の肩を掴み、ぎちぎちと鎧へダメージを与える。


『《確かに、我は奴との戦いで満身創痍だ。王権は破られた。権能はほとんど使える状態ではない。だが、それでも、だ》』

「ぐ、うううっ!」

『《貴様にやられる気は全くしない》』

「あぁああああああっ!!」


 行動を抑え込まれた静真は、紅蓮の炎を全力で出すことで竜王を焼き尽くさんとする。

 だが、その行動すら予測済みなのか、静真の攻撃範囲から易々と遠ざかり、竜王は大仰にため息を吐いて見せた。


『《わかるだろう? 現実は漫画やアニメじゃない。貴様の中では番人の力に覚醒した感動的なシーンかもしれない。だがな? 我にとっては、後始末が一つ増えた程度だ》』


 竜王は爪を振るう。

 爪を振るい、空気を割き、衝撃波を飛ばす。

 なけなしの権能である、絶対攻撃を付与した、必殺の衝撃波を。


「づぅうううっ!」

『《せめて、貴様にあの番人の半分……いや、三分の一でも戦闘経験があれば、話は別だっただろうに》』


 静真は音速で駆け抜け、必殺の衝撃波を避けるが、その先には先回りした竜王の姿が。


『《死ぬがいい、有象無象。我らが戦いに蛇足を付けた罪を悔いながら》』


 そして、竜王が直接振るう爪にももちろん、絶対攻撃が付与されていて。

 その爪先は無情にも、静真の胸元を寸分違わず貫いた。


「ああ、安心した」


 ――――かのように見えた。


「三分の一でもいいんだな?」


 竜王の爪が貫いたのは残像だった。

 急に動きのキレが増した静真による、急激な回避運動によって発生した残像だった。


『《貴様!?》』


 驚愕の声を上げる竜王は見た。

 急に動きを良くした原因――静真の体に纏わりつく漆黒の影を。


「お前の王様からのお墨付きだ。頼むぜ、共犯者」

『《ああ、任せておけ、我が共犯者》』


 漆黒の影は、装纏の鎧を彩るように静真の全身へと行き渡る。


『《権能発動》』


 直後、静真が動き出す。

 先ほどまでとは比較にならぬ速さ、動きのキレで。

 竜王の周囲を回るように動き、ヒットアンドアウェイの要領で打撃を積み重ねていく。


『《おのれ、ジーン!! まだ現世にしがみついていたか!》』


 忌々しく叫ぶ竜王は、学習の権能を発動させるが、肉体の動きがついていかない。

 ガードを構えるより前に打撃を叩き込まれ、反撃は空を切る。

 先ほど竜王自身が語った通り、今の状態は満身創痍。

 模倣の権能を――昭輝の動きを模倣する静真を捕らえ切れるコンディションではない。


『《おのれ、おのれ、おのれぇえええええっ!!》』


 猛り、叫ぶ竜王は、最終手段を取らんとする。

 ギリギリまで消耗した現在。

 権能もほとんど使えなくなった現状。

 それを打破するため、宿主である未咲の生命力を削ろうとしているのだ。

 たとえそれが、後々、自分の首を絞めることになろうとも、今、死なないためには生命力を絞りつくすしかない。


『《生命徴収――》』

「させるかぁっ!!」


 けれども、それをさせないのが静真だ。

 竜王が何かのリアクションを取ろうとした瞬間、思い切り踏み込んで痛烈な飛び蹴りを食らわせる。


『《がっ!?》』


 これにより再度、竜王の鎧が砕けた。

 装纏の状態にヒビが入る。

 掌握していたはずの未咲の心身から、引き剝がされようとしている。


『《――っ! 鳴上静真ぁ! 思い上がるなよ!? 貴様は今、誰がために戦っているつもりだろう!? だが、そもそも貴様が動きさえしなければ、あの最強の番人は死ななかった! 貴様が殺したようなものだ!!》』

「ああ、知っている」

『《この宿主を助けるつもりか!? だが、貴様は知らんだろう!? この宿主は貴様のことなど、何も意識していない! 馬鹿みたいに舞い上がった貴様を利用し、憧れの作家と近づこうとしているに過ぎない! わかるか!? 貴様が我を倒し! この宿主を救ったとしても! 貴様のヒロインなどになるものか!!》』

「それも、知っている。ネガティブ系男子舐めんな」


 追い詰められた竜王は、言葉の刃で静真の隙を作ろうとするが、それも無意味。

 恩人の死により、冷たく凪いだ状態の精神は、竜王の罵倒程度では揺るがない。

 たとえそれが、どうしようもないほどに真実だったとしても。


『《来るな、来るなぁ!!》』

『《おいたわしや、我が王よ》』


 迫る静真に竜王は後ずさるが、いつの間にかその肉体は、足元から伸びる影に拘束されている。逃げ場は無い。


「ヒーローになれるなんて思えない。俺みたいな奴が、誰かに好かれるなんて到底思えない。だけど、それでも、今だけは――――信じて、託してくれた人のために戦うんだ」


 ごう、と静真の肉体を纏う紅蓮の炎が燃え盛る。


『《神威顕現》』


 紅蓮の炎に、漆黒の炎が混じる。

 ジーンが最後の力を振り絞り、模倣の権能を最大限に発揮する。


『《やめろぉおおおおおっ!! 我は! 我は、我が国を! 民を! この世界で、今度こそこそはやり直して――――》』

「【炎神・超力駆動】」


 そして、紅蓮と漆黒の炎雷が駆け抜けて、竜王の鎧を打ち砕いた。




 竜王の鎧が砕け、その魂が輪廻に還される瞬間を見届けた後、静真は力なく倒れ伏した。

 心身は既に限界。

 埋まったはずの胸の中央には、がらんどうの虚無感があって。

 神機の全開を発動させた肉体は、全身から悲鳴を上げていて。


『《すまない。そして、ありがとう。我が共犯者、鳴上静真……ようやく、忠義を遂げることが出来た》』


 静真が纏う影は、ジーンは、最後に謝罪と感謝の言葉を遺すと、そのまま消え去った。

 竜王と同じく、輪廻に還ったのだ。


「……装纏解除」


 静真は限界の体を動かし、仰向けになって装纏状態を解除する。

 人型の戦闘機のような形状から、普通の男子高校生へと戻る。

 服の胸部分が破かれているが、そこから覗く中身は確かに存在している。

 紛れもなく、静真は勝利していた。


「…………終わったよ、昭輝さん」


 大切な恩人を、師匠となるはずだった人を犠牲にして。


「俺、できたよ。こんな俺でも、俺は、俺は…………っ!」


 静真は夜空を見上げ、何かを言おうとするのだが、胸の中にある虚無に言葉が吸われて、何も出てこない。涙すら出てこない。ただ、ひたすら虚しく、手足に力が入らない。


「俺はどうして、貴方を助けられなかったんだ?」


 静真にとって、初めての勝利はどうしようもない虚しさを伴うものだった。



●●●



 後日談。

 竜王の宿主となっていた未咲は、命に別状はなかった。

 けれども、後遺症として高校生の春……つまり、数か月ほどの記憶が虫食い状態になってしまい、いくつかの思い出を忘れてしまっていた。

 その中には、静真と出会ったきっかけや、共に下校した時のこと、静真の母親にサインをもらった時のことなど、静真に関わる記憶は概ね削り取られていた。

 どうやら、竜王が最後の最後で嫌がらせをしたらしい。

 静真と未咲の関係は、ただのクラスメイトに戻った。

 ――――その事実に落胆を抱ける余裕がないほど、静真は覚悟を決めていた。


 当然ながら、昭輝は死亡した。

 生き延びるはずがない致命傷を負った結果、死ぬ。

 あまりにも当たり前の帰結だ。

 昭輝の葬式は番人の関係者だけで行われ、ほとんど人が集まることは無かった。

 だが、その中には静真の姿があった。

 涙一つ流さず、死者を見送る静真の姿が。




「鳴上静真。昭輝の死に責任を感じているのならば、それはお門違いよ」


 昭輝の葬式後、静真は優里花に呼び止められていた。

 火葬場から人が居なくなっていく中、静真と優里花の二人だけが立ち止まっていた。


「昭輝は己の責務に殉じたの。貴方の所為じゃない。貴方如きの行動が何かを変えたわけじゃない。貴方が何か責任を取らなければいけないわけじゃない」


 無表情で冷たく言い放つ優里花。

 けれども、静真はそんな優里花へ苦笑を返す。


「意外と優しいんですね、國生先輩」

「これは貴方が勘違いしないように――」

「していませんよ、勘違い」


 だが、その苦笑もすぐに消えた。

 すっと表情を引き締めて、覚悟の決まった表情で優里花を見る。


「俺の心臓は今、神機によって代替されている。神機が俺の命を繋ぎ止めている。だけど当然、この神機は救命のための道具じゃない。転生者と戦うための道具だ。それを俺が、命を繋ぎ止めるだけに独占することは許されない」

「……それは」

「生きたければ、俺は番人として戦い続けなければならない、そうでしょう?」

「…………」


 無表情のまま、黙り込む優里花。

 表情こそ変わっていないが、その雰囲気からは苦渋がにじみ出ている。


「嘆かないでください、國生先輩。これは、ちょうど良かったんです。どうせ、俺はヘタレ野郎だから、いざとなったら戦いが怖くなってくるに決まっています。だから、命を握られている程度で、ちょうどいい――怖くても、逃げ出さずに済む」

「言っておくけれども、甘い世界じゃないわ。歴代の番人の死因は大概、戦死よ。畳の上で死ねるとは思わないことね」

「まぁ、神機の影響で俺は強制無病息災の不老状態になったみたいなんで、逆にそれぐらいでしか死なないらしいんですが」

「…………」

「憐れまないでくださいよ、まったく」


 優里花の視線に、静真はため息交じりに肩を竦めた。


「ヒーローになれるんだ。昭輝さんの後を継げるんだ。これっくらい、どうってことはないさ」


 それは明らかに虚勢で、震える指先を隠すことも出来ない、へたくそな誤魔化しで。

 それでも、その目だけは確かに、優里花を真っすぐに見つめていた。


「…………これから忙しくなるわよ、『鳴上後輩』」

「ええ、番人の先輩として、これからよろしくお願いします」


 かくして、陰気な少年はヒーローとなる。

 力と共に、あまりにも重い責務を継承して――――転生者が多すぎるこの天見町で、多くの人を助けるための戦いを始めるのだ。

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転生者が多すぎる田舎町で、陰気な俺がヒーローになるようです げげるげ @momonana7

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