天国への階段
深雪 郁
幸せの形
少女は夜の森の中を歩いていた。静寂な空気の中、落ち葉を踏む音だけが響いている。
不安じゃないといえば嘘になる。けれど、少女にはどうしてもやりたいことがあった。だから心細さに負けないように唇をきゅっと結び、胸の前で手を組んだ。
「あらお嬢ちゃん、こんなところで何をしているの?」
上から声が降ってきた。空を見上げると、少女の顔の大きさくらいしかない女性がいた。背中には透き通った羽根がはえている。きっと妖精なのだろう。
「妖精さん、こんばんは。わたしは天国への階段を探しているの。見つけると願いが叶うって聞いたから。妖精さん、知らない?」
少女の問いに、妖精は顔を曇らせて首を振った。
「ごめんなさい、知らないわ」
「そう。じゃあ、自分で探してみるわ」
「頑張ってね」
妖精と別れると、ひらけた場所が現れて、木がなくなったかわりに小さな池があった。池のほとりに何かがいて、水を飲んでいる。それは馬のような形をしていて、白い体に青いたてがみ、額からは一本の角が生えていた。ユニコーンのようだった。
「ユニコーンさん、こんばんは。わたし、天国への階段を探しているんだけど、あなた、しらない?」
すると水を飲んでいたユニコーンは顔を上げてつぶらな黒い瞳で少女を見た。
「なんだってそんなもの探してるんだい」
少女は顔を翳らせた。
「わたし、病気があって、治るのは難しいって言われてるの。毎日痛くて、苦しいの。だから天国への階段を見つけて、病気を治したいの」
その言葉を聞いたユニコーンは、一度、まばたきをした。
「それならこの先を行ったところにあるよ」
少女は飛び上がった。
「ほんとう!?やったわ、やった、ありがとう!」
ユニコーンに示された方に少女は走って行った。すると確かに、階段があった。黄金に輝いていて、十段ほど登った先には同じく黄金に輝いた楕円形の空間があった。
階段の下まで歩みを進め、両手を握りしめて上を見つめた。やっと、これでやっと願いが叶う―病気を治すことができる。
階段に足をかけ、一段、一段と登っていく。そしてそれを登りきると、少女は光の中へ吸い込まれていった―
**********
とある病院の一室で、医者や看護婦達が騒然としていた。ベッドには、十歳になるかならないかくらいの少女。様々な医療機器に繋がれ、その目を開けることはない。
しばらく慌ただしく動いていた看護婦達だったが、やがて全員が動きを止めて神妙な顔になった。医師が「◯時◯分―」と口にする。それを聞いた、少女の近くにいた女性―おそらく母親だろう―は、少女にすがりついた。
「きっとあまり苦しまずに旅立ったと思います」
看護婦が慰めるように、母親に声をかけた。母親は涙をぬぐって、ありがとうございます、と返事をした。
少女の顔は安らかだった。眠っているのかと見間違えるほどだ。少女は確かに手にした。彼女は確かに、「幸せになった」―。それがたとえ、どんな形であろうと。
天国への階段 深雪 郁 @ryo_naoi
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