第14話 侵入:封印区画

 封印区画――正式名称、特異対象管理区域第零層。


 学園内でもごく限られた者しか存在を知らない、地下深くに設けられた禁忌のエリア。

 そこにアクセスできるのは、元記録者の蓮と、記録から“除外された”存在――リオだけだった。


「ここ、本当に学園の下なの……?」


 リオが思わず漏らしたその声は、ひどく反響した。


 白く光る床。壁に埋め込まれた巨大なサーバー。

 何かを“保管するため”ではなく、“隠すため”に作られた場所。


「この奥に、君の全記録があるはずなんだ」


 蓮は、端末に指を走らせる。

 指紋認証、声紋認証――そして、最後にアクセスキー。


 パネルが青く点灯し、扉が音もなく開いた。


 そこには、一つの端末が設置されていた。

 その画面には、ただ一つのファイル名が表示されている。


 > 【LAWLIN-01:観測不能対象】




 リオの胸が高鳴る。

 今まで自分が“いないこと”にされてきた、その証がここにある。


 蓮は深く息を吸い込み、ファイルを開いた。


 映し出されたのは――膨大な数の記録映像。

 リオが幼い頃から、この学園にいたすべての証拠。


 教室で喋る彼女。

 笑っている彼女。

 誰かの手を引いて走る彼女。


「……こんなに、あったんだ……」


 リオの瞳が揺れる。


“記録されていなかった”はずの自分。

 存在していないとされてきた過去。

 でも、ここにはすべてが、確かに残されていた。


「これは……誰が、保存していたの?」


 蓮はその問いに、ファイルの最終更新者を表示させた。


 > 【更新者:L-027】




 蓮自身だった。


 彼は、かつてこれらを“提出しなかった”のではない。

“提出できなかった”のでもない。


「……俺が、守ったんだ」


 記録者としての義務を破ってでも、消されることを恐れてでも――

 彼は、彼女を記録したまま、封印したのだ。


「リオ。君は“存在している”。

 この世界がどう言おうと、俺だけは知ってる。

 ここにいる、君を――ずっと前から」


 リオは、一歩近づいた。

 その手が、端末の画面に触れる。


 そして、その指先が震えながら、一つの操作を選んだ。


 > 【封印解除】




 その瞬間――周囲の照明がすべて落ちた。


 けたたましい警告音。

 赤い非常灯が回り始める。


 そして、天井から無数の機械アームが降下する。


「侵入検知。削除対象、LAWLIN-01。即時消去を開始します」


 合成音声が、無慈悲に響いた。


 蓮はリオを抱き寄せながら叫ぶ。


「行こう、ここから出る! もう、“消されるわけにはいかない”!」


 警報の中、二人は闇を駆け抜けた。

 背後で、データベースが次々に破壊されていく音が響いていた。

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