第15話 記録データ・RG-01

 逃げ込んだのは、地下管理棟の第七保守室。

 かつてデータ記録者たちが日常的に使っていた、忘れられた制御空間だった。


 非常灯のわずかな明かりの中、蓮は端末を起動する。

 追跡システムはすでに学園中に動いている。

 だが、ここは数年前に回線ごと隔離されていた“空白地帯”。わずかの猶予が生まれる。


「ここに、最後の記録があるはずなんだ……」


 蓮の指先が滑るように操作を進めると、一つの重たいファイルが現れた。


 > 【RG-01:非認定個体記録/閲覧制限解除】




 画面に現れたのは、表に出ることのなかった、リオの“公式記録”だった。


 読み上げられるシステム音声が、淡々と語る。


 “個体番号RG-01。通称『Lawlin Girl』。

 検出時点より非合法存在と判定。

 起源不明、出生記録なし、能力分類不能。

 確認された影響:空間構造干渉、観測阻害、音響因果変異。”




「空間干渉……観測阻害……音で、“法則”を壊す力……?」


 蓮が唇をかすかに震わせる。


 “RG-01は、既存体系の“法”に属さない存在であり、存在そのものが体系の整合性を破壊するため、

 初期段階で記録改変・認識抹消・学内登録からの削除を実施”




「……最初から、“いなかったこと”にされたんだ」


 リオは何も言わなかった。


 ただ、その映像に映る自分を見つめていた。


 幼い頃の彼女。誰かと笑い合っている。手をつないで歩いている。

 その相手の顔は、モザイクのように消されていた。


「これ……」


「君と関わった人間の記憶も、消されてるんだ。

“君がいなかったことにする”ためには、周囲の記録も全部塗り替える必要があった」


「だから……誰も、私のことを覚えていなかったんだね」


「でも、俺は消えなかった。

 俺の中に、君が残った。

 たとえ記憶が消えても、感情までは消せなかったんだよ」


 リオの指先が、記録映像に触れる。


 そこにいる“少女”は、間違いなく笑っていた。

 この世界に、確かに存在していた。


「これが――わたしの存在の証明」


 そして彼女は、小さく呟いた。


「もう、“ローリンガール”のままでいるのは、やめようかな」


 蓮が、そっと目を伏せて笑った。


「なら、君の名前は……?」


 リオは、初めて――ゆっくりと、声にした。


「……“リオ”。それが、本当の私の名前」


 記録には存在しなかったその名が、

 今、初めてこの世界に刻まれた。


 そしてその瞬間、壁の警報が再び点灯する。


「発見。対象RG-01、現在地特定――排除モードへ移行」


 静かだった空間が、再び戦慄に包まれた。


 だが今の彼女は、もう黙ってはいなかった。

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