第13話 声なき記録

 それは、蓮が偶然拾った“欠片”だった。


 旧管理室の壁裏に残されていた、ひとつのカセットテープ。

 ラベルもなく、カビ臭いケースに入っていたそのテープは、誰にも気づかれず、誰にも聞かれることなく、長い年月を過ごしていた。


 蓮は、物置にあった再生機を必死に直し、リオと共に音を確かめることにした。


 ガリッ、ジジ……

 ノイズが走る。機械が軋む。

 再生ボタンが押された瞬間、部屋の空気が変わった。


『――ローリンガール、観測対象……音響変質、確認。

 記録者、L-027……記録、提出不能……』


 音声は途切れ途切れで、ところどころが歪んでいる。

 だが、その中に、明らかに“人の声”があった。


 それは――


『……あの子は、間違いなんかじゃない……』


 蓮は息を飲んだ。


 それは、自分の声だった。


 記憶になかった。

 けれど確かに、自分がかつて口にした言葉。


『あの子が壊したんじゃない。

 あの子を“壊させた”んだ、あいつらが』


『あの声を、無理やり……開かせたから……!』


 ガガ――ン。


 ノイズが爆ぜ、再生はそこで止まった。


 沈黙が、部屋を満たす。


 蓮は、しばらく何も言えなかった。

 その録音が、何を意味しているのか――はっきりと分かっていたからだ。


「……俺は、知ってたんだな」


 蓮が呟く。

 記録者だった過去。

 リオと出会った過去。

 彼女を“声を持つ存在”として、初めて“証明した”人間だったということ。


「君は、間違いなんかじゃないって……あのとき、もう分かってたのに」


 リオは、そっとその手に触れた。


「ありがとう。

 たとえ忘れていても、その言葉が――わたしをここに残してくれた」


 そして彼女は、再生機に指先で触れる。


 まるでそれが、失われていた自分自身の“証拠”であるかのように。


「これで、わたしがいたこと、証明できるね」


 小さな声。けれどその音は、機械のノイズすら貫いていた。


 それは、記録されなかったはずの声。


“存在を否定された少女の、たしかな証明”だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る