ヒントを得るなら情熱の丘

ケーエス

ヒントは情熱の丘

 情熱の丘を知っているだろうか。かつて預言者が現れ、栄華を誇ったあの帝都である。



 ある男が丘を登っていた。

「うえ~ん」

 少女が泣いている。

 彼は彼女に近づいた。

「どうして泣いているんだ? 君は太陽のように燃え盛るその髪を持っているというのに!」

「だってえ、この髪嫌いだもん。ぱさぱさしててえ。朝起きたらくるくるなっててえ、こないだ健太くんに変な髪だって言われたのお」

「素晴らしい髪じゃないか!」

「そ、そうなの?」

 戸惑う少女。

「健太くんは君の髪の良さがわかっていないだけだ。君はその立派な髪でいていいんだよ!」

 それを聞くなり少女はぱあっと目を輝かせた。

「りっぱ! りっぱ! やったー! お兄さんありがとう、明日からこの髪のままで行ってみる!」

「うん! 行ってらっしゃい!」

 彼女は立ち上がり、 駆けていった。

 彼は両手を腰に当てて誇らしげに彼女を見送るのだった。



「私、あのお兄さんに助けられたんです」

 これは後日テレビ取材で語られた少女の言葉である。しかしすでに彼女は大都会のビルのてっぺんでバリバリ働く立派な大人であった。


 彼女はあの後もことあるごとにあの丘に行った。すると例のお兄さんが現れては元気をくれたのだという。そして泣き虫だった彼女は勉強に部活動に恋にチャレンジし、成果を出していくようになったのである。


 

 それを聞いた後輩は丘に向かった。するとやはりあの男がやってきて、彼女を一目見るだけで悩んでいることを把握し、的確なアドバイス、そしてアツイ気持ちをくれるのであった。


 その後輩からどのようにしてかはわからないが、丘の男の噂はいつしかSNSで広まり、連日相談する人は絶えず、丘はG◯◯gle Mapでは⭐︎4.5がつくほどの観光スポットと化した。



 その噂を聞きつけたテレビスタッフは情熱系タレントを連れ、彼女を、そして男を取材したのだ。

「お前は情熱おじさんだ!」


 いつしか髭が似合うおじさんになっていた彼はタレントにそういわれ、いつしか彼のいる丘は「情熱の丘」と呼ばれ、「ヒントを得るなら情熱の丘」とも言われた。



 テレビ取材後、老若男女、国籍を問わず相談に来る人間は増すばかり。丘の下には店が立ち並び、宿も建てられた。最寄り駅を通過していた快速も止まるようになり、都心からの利便性も向上。住む場所としての需要も高まり、タワーマンションが多数林立、やがて丘に影を落とすほどとなった。


 若い子連れの夫婦はそろってこう言う。

「スーパーもたくさんあって便利だし、やっぱり情熱の丘がありますからね。困ったときはすぐに相談できますから。安心ですよ」



 しかし、生え抜きの住民たちはこう漏らす。

「昔はのんびりしたところだったんだけどねえ。情熱なんたらいわれてからもうこんなんなってしもて。あちこち渋滞ばっかり、電車もバスも満員。空気もなんか汚くなった気ぃするねえ」

 そう、情熱の丘を求めて移り住んだ住民と観光客で街は人であふれかえっていたのである。人が増えればトラブルも増える。この街には問題が沸騰していた。


 しかし、この街の政治家たちはこう思った。

「よし、情熱おじさんに相談しよう」


 政治家らは議会に情熱おじさんを出席させ、諸問題について熱く議論した。彼のおかげで交通渋滞、住民トラブル、待機児童問題など様々な問題が解決された。莫大な経費が投じられ、借金も膨らんだが、この街におじさんがいる限り、将来的な人口増加、経済発展は確実であり、いずれ資金は回収できるという見込みであった。


 そして住民は思った。

「最初から政治家なんていらないのでは? あいつらおじさんのいうこと聞いてるだけじゃん」

 情熱の丘がある街は議会を廃止し、おじさんを終身市長としたのである。

 

 その後、おじさんの治世は続いた。しかし50年が経過すればおじさんも老いを隠せまい。もちろん街もそうであった。これまで無敵の政策といわれたおじさんの打ち出す政策は、高齢化問題や老朽化問題には効き目がなかったのである。


 おじさんが無断で丘の外に行っていることがわかると、住民たちは丘を取り囲み、デモを始めた。


 その間おじさんはどうしていたのだろう。いや彼はもうおじいさんだった。市長室という名の独房に数十年間入れられ、ひたすら街の決断を迫られ続ける操り人形。すっかり彼の顔に情熱はなく、青白く冷え切っていた。


「もうやめて!」

 うつむく彼が顔を上げると、そこにはあの彼女がいた。チリヂリの髪を恥ずかしげもなくおろしている。

「おじさん、もう他人の世話はしなくていいから。自分の人生を生きよう、ね?」


 しかしもう間に合わなかった。

「素晴らしい……髪だな」

「おじさーーーーん!」

 おじさんはこと切れた。そして大地が震えた。


「キャー!」

「丘が、崩れているだと!」

「来るぞ!」


 土砂が街を飲み込んでいく。ビルも道も人も。すべてを委ねられた丘は死の丘と化してしまった。

 

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ヒントを得るなら情熱の丘 ケーエス @ks_bazz

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