第5話 「俺ってとんでもなく足手まといだな」

 翌日。不安と興奮とわずかな期待に打ち震える俺の前に、記念すべきモンスターその一が登場した。そして現れたのとほぼ同時に消滅した。


 玉さんが腰に手をやると、目の前をきらりと白刃が一閃したような気がしたので、多分玉さんが倒してくれたんだろう。

 斬られたはずの敵の姿は跡形もなく消えていた。ポイントゲットのために日々大量のモンスターが退治されているだろうから、死体の処理を簡略化しているのかもしれない。まあこの敵が果たしてどこから来ているのかさえ俺は知らないが。


 正直一瞬の事だったのでモンスターの姿も俺の目にしっかりと捕らえられてはいなかった。なんだかぷるぷるした水色のでかい玉ねぎに顔がついていた……スライム?

 そうか。スライム程度なら俺にも倒せるような気がする。

「ねえ、玉さん。次に出てきた敵は俺に任せてくれない?」

「承知した」

 続いて登場したのはスライムではなく、巨大タラコに目鼻をつけたみたいなやつだった。俺は斧を片手に構えると、タラコに駆けより斧を振りかざす。そしてハッと気付いた。このタラコをまっぷたつにすれば、タラコはやはり苦しんだりするのだろうか?


 一瞬の迷いで俺が手を止めた時、そいつがタラコ唇をくわっと開いた。小さな牙がびっしり並んでいて俺はぞっとする。

 そのままタラコが俺を目がけて飛んできた。大きく開かれた口が俺の喉に噛みつこうとしたとき、静かに佇んで戦いの様子を見ていた玉さんの右拳がタラコの顔面?を張り飛ばした。


 タラコはビタンと地面に叩きつけられてへしゃげ、そのまま姿を消した。弱い。だがその弱い敵ですら、俺には倒せそうにない。

 殺したくないなんて一瞬とはいえ思うなんて、俺は偽善者なのか?

 玉さんと野生の生き物を食したのはつい昨日の事だ。料理をしたのは全て玉さんだが。玉さんはポイントを失ってからは食糧確保の為、ずっと狩りと罠づくりで獲物を捕らえていたらしい。

「玉さんありがとう。俺ってとんでもなく足手まといだな」


「俊平は戦ったことがないのか?」

「ないよ」

 子供の頃から兄弟げんかの記憶さえない。2才年上の兄は結構ハチャメチャな人間で、ちょこちょこ問題を起こしては教師や叔母に説教されていたが、俺はごくごくマトモで手のかからない子供だった。そんな人間がよく芸人になれたものだと思われるだろうが、これも兄貴に引っ張りこまれたからだ。


 実は自分で言うのもなんだが、俺はまあまあイケメンの部類に入る。もちろんアイドルや俳優でやっていくには容貌以外にも足りないものだらけだったが。ある日、当時の相方に引退すると言われ、ピンになった兄が言った。

「お前は立ってるだけでいい。俺と組め」

 あの時、なぜ俺はやると言ってしまったのか。俺は情けなくも兄には逆らえない人間だったらしい。さすがに立ってる以外の事も、やると言ったからには頑張ったが、ほとんどは兄の個性と我の強さで、そして俺達をオシてくれる数少ないファンたちのおかげで、俺たちはお笑い界でなんとか生き残ることができた。


 だがそんな兄も突然フィリピンパブのホステスを追って失踪してしまったきり、全く音沙汰がない。せめて生きていてほしいものだが。

 一人になってしまった俺は主婦向け番組のお買い得情報の取材や地方のイベント仕事、ドラマの端役などで、ギリギリバイトのお世話にならずに生活する事ができた。けれど本当の事を言えば、俺はまた兄貴とお笑いがやりたかった。


 ここでは以前の世界での俺のキャリアなんかなんの役にもたたない。

 これはやはり999回殺されるしかないのか。

 だが玉さんは俺に呆れたりする様子は全くなかった。

「敵に感情があるのかないのかは分からないが、少なくとも見た目には生きている。例え人間の姿をしていなくても、そいつらを斬るのは覚悟がいる。だが斬らねばこちらがやられる。俊平は斧よりも違う戦い方の方がよいのかもしれぬな」

「違う戦い方って? 俺は魔法が使えないし、素手で戦うのはもっと無理だ」


 そこで玉さんが提案したのは。

 吹き矢。矢の先端に毒を塗って飛ばすという、昔の狩猟にも使われていた吹き矢を俺は特訓する事になった。これなら直接敵に触れる事なく上手くいけば倒せる。

 ちなみに。毒はどこで手に入れるかというと、これは店には売っておらず、自分で植物や生き物を探して抽出しなければならなかった。


 それからは。ひたすら歩き回り、毒の材料になる植物を探す日々が続いた。ちなみに毒をもつ生き物も当然探せばいるのだが、それは俺にも危険が及ぶ可能性があるという事で玉さんに止められた。

 吹き矢での戦いがいつか形になる日を信じ、俺は敵が出現するたびに玉さんに戦いを全て任せ、一人逃走をはかり続けるのだった。


 ちなみに毒を持つ植物をどうやって知ったかというと、売店に親切にも攻略マニュアルが売られていたから。

 そこには魔法ランドほぼ全域マップから装備や武器、アイテムの紹介。モンスターたちの特徴と、彼らを倒した時に得られるポイント、逆に倒された時に失うポイントの数値までが細かく記載されていた。


 この冊子があるとないでは魔法ランド攻略に大きな差がでる。あくまで自分の力だけで挑戦してポイントを集めたいという猛者がいれば、俺のようにさっさとポイント消費するための方法を知りたいだけの逃げ腰の者もいるという事だ。


 そして倒しても100ポイントにもならない超ザコモンスターが登場した時には、チャンスとばかり俺は吹き矢で参戦する。そんな俺を背後で玉さんが見てくれていて、吹き矢が命中しなかった時はすかさず手を貸してくれる。

 かくして俺のポイントは徐々に増えこそすれ、なかなか減らなくなってしまった。ザコモンスターとはいえ、地道に倒していけばポイントはもらえる。俺の吹き矢も命中率をかなり上げてきていた。


 そして今いるのは初心者コースなので、玉さんが敵に倒され復活のために大量ポイントが必要になる可能性はゼロ。食料は釣りと狩りと毒探しのついでに採取した果物や山菜で十分賄える。購入が必要なのは装備と薬程度なのだが、たまに見かける売店にもたいした装備品は売っていなかった。

 だが油断は禁物だった。

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