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「おはようライリー」
警察署につくと、上司が挨拶をかける。
だが、ライリーは返す気になれない。
「はあ、さては昨日のことだな。おまえは俺を悪魔だと思ってるんだろ。全く、よしてくれよ、俺は犯罪者を殺しただけだ」
「赤ん坊まで殺した!」
周囲の職員たちが視線を向ける。
上司は咳払いをして
「犯罪者の家族だ。死に値する罪を犯したんだ」
「赤ん坊と妻は生かすことはできただろ!」
「そこまでだ」
署長が止めに入る。
「ライリーと言ったか、おまえは新任の立場で抗おうとするな。それから、そっちは、余計な人殺しをやめろと言ったろ」
「署長は、どうして、こんなこと認めるんですか。せめて犯罪者にもチャンスを与えるべきでは」
「君は最新の凶悪犯の再犯率のデータを見たかな、2人に1人だ。そんなものにチャンスを与えるべきではないんだ。わかるか」
「ですが...」
言いかけると署長は無視して指示を出し始める。
「今朝のニュースを見たよな。“ジャッジ・オブ・ジャスティス”が、治安悪化地域を制圧しに行く。だが、その前に、我々警官はお膳立てをしてやらなきゃならない。該当区域への偵察と巡回を命じる。特に、ここ最近、裏で台頭してきてると言われてる“レッドフォックス”には注意しろよ」
“レッドフォックス”は、今、反政府勢力として警戒されてる組織だ。センチネルシステムズ社や市警の職員を誘拐し、残虐に拷問した後、街のどこかへ捨てるといった非道な組織として認識されている。
捕まった裏の連中の何人かが、その名称や活動内容を話したことで明らかとなったが、実態は明白ではない。
ライリーの班にも要警戒地域での偵察の指令が下った。
そこでは、表だった凶悪犯罪が毎日のように起きているわけではない。
だが、政府が裏の連中と呼ぶ、反政府勢力が、その活動拠点として選ぶ地域である。時には残虐な殺戮が起こることもある場所なのだ。
巡回車両に乗り込むと、上司がライリーに語りかけた。
「あのな、俺は悪魔じゃない。犯罪者以外は殺してないし、真っ当な人間を傷つけたことはない」
「昨日のは...あんなのは...やりすぎだ!」
「落ち着け、あれは命令だったんだ」
「そんな命令をよく受け入れられますね!」
「誰からの命令かわかってるのか」
「......」
「コール・マルティネス」
「そんな、嘘だ、ただの民間軍事会社の...」
「俺たちが扱ってる武器や機材のほとんどは、センチネルシステムズが提供してる。あとはわかるな?」
テレビで見た、あの生きた兵器のような人間が指揮系統にいると考えると恐ろしくなる。
「やつの面白いエピソードを聞かせてやろうか」
「はあ?」
「“完全浄罪法”が可決されてから、俺たちはすぐにあいつらと手を組むことになった。あの朝は忘れない。一人の少女が盗みを働いて、裁判所への手続きのために、警察署の一室に入ってもらってた。そこに奴が来て...あれはな、見るも恐ろしい光景だった」
「なんだよ、あなたでも恐ろしいなんて思う心があったんですね」
「そう言うな、監視カメラに確かに映ってたんだ...」
ーーー
ある少女が、部屋の椅子に座っていた。
突如勢いよく扉が開き、
「やあ、この人でなしが!」
コールの怒鳴り声だった。
少女は一瞬怯えた表情を見せるも束の間、頬に強い一発が命中し、床に飛ばされる。
コールは床に倒れた彼女の顔に、容赦なく踵を叩きつける。
鼻梁が潰れ、眼窩から血が噴き出した。ぐしゃりと軋む音に、コールの心は一切反応を示さない。
彼女の叫び声が響き渡る。
だが、コールは、ただ静かに、肺の奥で沸いた息を整える。
「君には動いて欲しくないんだ、わかるかな?」
少女の口から洩れる呻き声に、コールは苛立ちを募らせる。
ナイフを持っていたが、ポケットにしまって、錆びた金属棒を手にしたのは、すぐに死なせるつもりがなかったからだ。
一撃。肋骨の間に横殴りに振るった。
二撃目で、肋骨が内側に折れる感触が掌に伝わった。
三撃目、気管から泡混じりの咳がこぼれた。赤黒い液体が唇から滑り落ち、頬を伝って耳の裏まで染めていく。
コールは膝をつき、彼女の右手の薬指をつまんだ。
「まだ感覚は?」
返事を待たずに、関節を逆方向に折る。腱が悲鳴を上げ、皮膚の下でぴんと跳ねるように弾けた。
続いて中指、人差し指、そのたびに、彼女の背中がのけ反る。だが、もう、声にならない。
喉元にナイフをあてがい、わざと浅く、何度も切り裂いた。頸動脈を避け、痛みだけを増幅させる。
首筋に刻まれた無数の傷口から、血が滴る。
その血を手のひらで受け止め、コールはまるで正気だった頃の記憶を洗い流すように自らの頬に塗りつけた。
最後は、胸骨の中心を狙って金属棒を突き立てた。
鈍い音とともに骨が裂け、心臓のあたりで何かが潰れる感覚が伝わってきた。
ーーー
「は、はあ...そ、そんなあ...」
「誰にも言うなよ、これは極秘情報なんだ。その場にいた者以外に公開されてない」
この残虐極まりない事件を淡々と話せる上司にも寒気がした。
すると上司はライリーに告げる
「おまえは確か、カフェの女に気があるようだな」
「ど、どうしてそれを...」
ライリーの肩が震える。
「センチネルシステムズの監視データを見ればわかる。この街の至る所にカメラがあるんだぞ。部下のそう言う情報は簡単に入ってくる」
「なあ、待ってくれよ、お願いだ。レーナは犯罪者じゃない!」
「わかってる。落ち着け、何もしやしないよ。だがよく聞けよ。あまり今の体制に反対するようなことを喋るな。そのレーナってやつの腕と足が一本ずつ引きちぎられる姿を見ながら、殺されるなんてことにはなりたくないだろ?」
「ああ、わかったよ...は...ああ」
ライリーは震えた声を発する。
「それじゃあ、偵察区域まで行こうか、面倒な仕事だがさっさと終わらそう」
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