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翌日、ライリーはいつも通り朝食を摂りにカフェに来ていたが、彼の心は今までとなく重かった。
毎朝、カフェの店員のレーナと会話できることが、日々の数少ない癒しであった。
レーナがコーヒーを運んでくる。
「ねえ、あんた大丈夫?」
ひどく青ざめた表情のライリーを見つめる。
「昨日、人を、やっちまった...ああ...なんてことを...」
泣きそうな、恐怖に満ちた、怯えた声だった。
しかし、レーナは
「相手は犯罪者だったんでしょ?」
「だから...殺して...しまうのか?」
「今の体制じゃ、しょうがないわ」
「君まで、そんな風になってしまっているのか...」
半年前、“完全浄罪法令”が可決される前までは、道端で警察官が人を殺すなんてことは、例外的な状況を除いてはあり得なかった。皆が、いわゆる普通の生活を送っていたのだ。
だがある日、正義の名の下にどんな些細な悪をも許さないという、極めて曖昧な主張が、そのまま条例となり、一部の都市で、犯罪者を完全に排除しろという命令が政府中枢から下ったのだ。
それ以降、反政府勢力をはじめとして、些細な犯罪を犯した者に至るまで、無惨に消されていくことになった。
壁にかけられたテレビを見やると、ライリーが所属する管轄の署長がインタビューを受けていた。
「昨日、私の管轄で、悪をまた一つ排除しました。その邪悪なる者は、市民の安全の基盤とも言える、センチネルシステムズ社の監視システムに侵入し、一部のデータを改竄、まさに市民の安全を脅かしたのです。そして、私の優秀な部下2名が、そのクソ野郎をこの世から始末したのです!」
周囲を取り囲む記者からは拍手喝采だ。市民の称える声が響き渡る。
「あれは僕のことだ...」
署長は続ける。
「犯罪者は、もはや人間ではない。人の皮を被った悪魔だ!必ず、根絶やしにして、地獄に葬り去ってやりましょう!」
「みんな、イかれちまってる......」
インタビューは続く。
「ですが、最近、治安についての新たな問題が浮上してきているとの噂が立ってます」
「裏の連中のことですな。知っての通り、監視システムが未だ行き届いていない場所が、この街にはまだ多く残ってます。反政府の連中はそのような場所に拠点を置き、この街の治安を脅かしています。これは街の未来にとって大きな懸念です。ですが、ご安心ください。皆さんの期待に応えて、我々は新しい部隊を設立することを決定しました」
「なんだ...?」
「こちらは、センチネルシステムズの警備部門のリーダー、コール・マルティネス指揮官。詳しい話は彼がしてくれます」
「はあ...?」
画面の向こうで、一人の男が登壇する。
銀灰の髪は短く刈り込まれ、側頭部にかけて斜めに走る一筋の白が、静かに時を刻むように浮かんでいる。額には深い皺が刻まれ、目元は凍てつくように鋭い。双眸は鋼鉄のような灰青色で、何者にも動じぬ沈着さと、瞬時に敵を射抜く冷徹さを宿していた。
「なんだ...あいつは...」
頬骨は高く、顎の線は無駄なく引き締まり、まるで兵器のような骨格をしている。肌は長年の野戦で灼かれた古革のような質感を持ち、無数の傷痕が、語らぬ過去を静かに物語っていた。
身につけた戦闘服は黒を基調とした高機能素材で仕立てられ、装飾は一切なく、ただ左胸に無言の威圧を放つ漆黒のエンブレムがひとつ、縫い込まれている。背筋はまっすぐに伸び、歩みは無音にして確実。その姿には、服の生地すら重力に従わせるような威厳があった。
その話し声は、一言一言が重さを帯びているような感じがする。
「まずは、我が社と共に戦い、私が尊敬する全ての警察官に感謝を述べたい」
無精髭はなく、刃物で削ぎ落とした清潔な顎。睫毛は長く、だが影を落とすほど濃く、まなざしにさらなる陰影を与えている。指先までもが訓練されているようで、所作には隙がない。静止しているその一瞬ですら、彼が、生きる兵器として鍛え上げられた存在であることが、見る者に直感的に伝わるのだった。
大それた感謝の言葉を述べた後で語り出した。
「先のご指摘の通り、未だ、国家に反抗する者どもがこの社会に蔓延っている。彼らは、その辺で屯してる窃盗犯やギャングとは違う。ライフルやミサイルをどこからとなく入手して、人殺しを繰り広げている悍ましい連中だ。今、まさに、そこの君の頭を狙ってるかもしれない」
「よく言えたもんだ...」
「そこでだ、我々は彼らを撲滅するための新しい部隊を結成した」
ライリーは画面をじっと見つめる。
「...なんだって」
「その名も、“ジャッジ・オブ・ジャスティス”だ!!」
再び周囲の者から拍手の音が飛ぶかう。
「敵が強いのなら、我々も強くなくてはならない。彼らは、本来、軍と協力して海外の任務に参加するために訓練を受けてきた。だが、今その需要は少しずつ飽和している。せっかく鍛えた体を国のために使えず、オフィスビルの一角で燻っているなど勿体無い。そう、彼らの力を正義のために解き放つ時が来たのだ」
大胆な身振りで、周囲の大衆を惹きつける。
画面のテロップには詳細な情報が出される。
特殊部隊シールズ出身の者や、シリアやアフガンで傭兵だった者など、見た目から言えば、ライリーの上司よりも狂気を纏ったような人間たちが、その“ジャッジ・オブ・ジャスティス”とやらに配属されているらしい。
「これじゃあ...大量虐殺が起きちまう...」
昨日、殺したウィリアムの遺体の姿が未だ頭から離れない。
ふと、レーナに声をかける。
「なあ、君は...犯罪とか犯したりしないよな...?」
「当たり前でしょ、私を悪人だと思ってるわけ?」
「そうじゃないけど...」
言いかけると、ただ立ち上がって、職場の方へ向かっていってしまった。
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