第二十二話:賢者の博奕
第二十二話:賢者の博奕
ソフィアたちの出現は儀式の荘厳な空気を、一瞬にして爆音と怒号で引き裂いた。
通路から飛び出したレオンが獣のような雄叫びを上げながら、祭壇を守る『闇鴉』の最前列へと巨大な剣を叩きつける。
凄まじい衝撃音が鳴り響き、分厚い石畳が砕け散り、黒衣の兵士たちが木の葉のように吹き飛ばされた。
その一撃が開戦の狼煙だった。
「侵入者だ! 何としても、オルダス様と聖女様をお守りしろ!」
闇鴉の部隊長らしき男が金切り声を上げる。
しかしアルカディアの精鋭たちの動きは、彼らの想定を遥かに上回っていた。
レオンとボルンが重戦士として前線で敵の主力を引きつけ、その左右をシルヴァン族の戦士たちが疾風のように駆け抜ける。
彼らは敵の陣形を巧みに切り裂き混乱させ、後衛の魔術師タイプを的確に無力化していった。
それは種族も得意分野も異なる者たちが、互いの長所を最大限に活かし短所を補い合う、アルカディアン連合ならではの有機的な集団戦術だった。
「小賢しい真似を…!」
宰相オルダスは玉座に座したまま、眉一つ動かさずに戦場を見下ろしている。
彼の関心は眼下で繰り広げられる戦闘ではなく、一直線に魔導増幅装置へと向かうソフィアとエリアスの二人だけに注がれていた。
「やはり、狙いは装置か。だが、賢しらな娘よ。お前がこの古代の叡智に触れることなど、万死に値する冒涜だと知れ」
オルダスが指を軽く振る。
すると彼の背後に控えていた二人の幹部が、まるで影が分離するかのように進み出てソフィアたちの前に立ちはだかった。
一人は身の丈を超える巨大な鎌を携えた不気味な仮面の男。
もう一人は両手に無数のチャクラムを浮かばせた妖艶な雰囲気の女性。
闇鴉の中でも最高位の実力者たちだった。
「ここは我らが」
エリアスはソフィアを背にかばい、一歩前に出た。
彼の両手から森の生命力を凝縮したかのような、力強い翠色の光が溢れ出す。
「ソフィア殿は、装置へ。この者たちの相手は、この老いぼれに任せよ」
「しかし、エリアス様!」
「案ずるな。ただの番犬、二匹。アルカディアの未来を、お主の双肩に託したのじゃ。迷わず進め!」
エリアスの覚悟に満ちた言葉にソフィアは一瞬ためらった後、固く頷き彼の脇をすり抜けて駆けた。
エリアスと二人の幹部との間で、翠と紅、そして紫の魔力が激しく衝突し、凄まじい衝撃波が周囲に拡散する。
ついにソフィアは目的の魔導増幅装置の目前まで到達した。
見上げるほど巨大な装置はまるで生き物のように不気味に脈動し、触れることすら躊躇われるほどの熱気とプレッシャーを放っている。
彼女は懐から自身が開発した魔力分析用のゴーグルを装着し、複雑怪奇なエネルギーの流れを視覚情報へと変換した。
無数の回路、何層にも重なった制御術式、そしてそれら全てを束ねる中央のコア・ユニット。
その構造は彼女の知識を以てしても解析に時間を要するほどに高度で、そして異質だった。
「邪魔をしないで…!」
その時、祭壇の上から鈴を振るような、しかし憎悪に満ちた声が降り注いだ。
聖女リリアンヌが祈りを中断し、その純真な瞳でソフィアを睨みつけていた。
「あなた達のような、穢れた存在がこの神聖な儀式を汚すことは許しません!」
リリアンヌがソフィアに向かって、その白くか細い腕を突き出す。
彼女の指先から放たれたのは治癒の光などでは断じてない。
全てを浄化し消滅させる純粋な破壊エネルギーの奔流だった。
聖属性の魔力が極限まで高められた時、それは何よりも強力な対消滅の力と化すのだ。
「くっ…!」
ソフィアは咄嗟に防御障壁を展開するが、聖女の放つ光はいとも容易く障壁を貫通し彼女の肩を掠めた。
灼けつくような激痛が走り、ソフィアは思わず膝をつく。
傷口からは血ではなく、魔力そのものが霧散していくのが見えた。
「ソフィア!」
レオンの悲痛な叫びが聞こえる。
彼は助けに向かおうとするが闇鴉の精鋭たちに阻まれ、思うように動けない。
絶体絶命。
リリアンヌが無慈悲な追撃を放とうと、再び腕を振り上げたその瞬間。
ソフィアの瞳に決然とした光が宿った。
彼女は痛む身体に鞭打ち、よろめきながらも立ち上がると、懐から数本の水晶の杭を取り出し装置の特定の位置へと凄まじい速度で打ち込み始めた。
それはこの場に来てから彼女が解析し導き出した唯一の活路。
賢者としての人生を賭けた博奕だった。
「無駄ですわ!」
リリアンヌの第二撃が放たれる。
だがソフィアはそれを回避しようともせず、最後の一本の杭を装置の中央コアへと突き立てた。
「今です!」
ソフィアが叫ぶと同時に彼女が打ち込んだ全ての杭が、一斉に青白い光を放った。
それはソフィア自身の魔力に反応して起動する、指向性を持った魔力バイパス回路だった。
彼女の狙いは装置の破壊ではない。
リリアンヌから注ぎ込まれる膨大な聖属性エネルギーの流路を、強制的に『原初の揺り籠』から逸らしこの地下聖堂の別のエネルギーラインへとバイパスさせること。
「なにを…!?」
オルダス宰相が初めて玉座から立ち上がり、驚愕の表情を見せた。
リリアンヌから『揺り籠』へと繋がっていた紫色のエネルギーラインが、ソフィアの作った青白い回路へとまるで堰を切った濁流のように流れ込んでいく。
儀式が中断されたのだ。
だが代償はあまりにも大きかった。
「ぐ…あああああっ…!」
ソフィアの身体がその凄まじいエネルギーの奔流を受け止める中継点となってしまったのだ。
他人の、それも聖女の規格外の魔力を自らの身体を通してバイパスさせる。
それはコップで嵐を受け止めるような自殺行為に等しかった。
彼女の身体中を制御不能のエネルギーが駆け巡り、その白衣は焼け焦げ皮膚には無数の亀裂が走る。
「ソフィアーーーッ!」
レオンの絶叫が崩壊を始めた地下聖堂に木霊した。
ソフィアの意識は灼けつくような激痛と、全てを白く染め上げる光の奔流の中で急速に遠のいていった。
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