第十八話 一条の光

宰相オルダスが陰謀の首魁であるという絶望的な事実は、アルカディア連合の指導者会議に重い重い沈黙をもたらした。

作戦司令室に集まったのはソフィア、レオン、エリアスに加え各部隊のリーダーたちだ。

誰もがその情報の持つ意味の重さに顔をこわばらせていた。


「どうする…。宰相が黒幕だというのなら、王家に真実を伝えたところで握り潰されるだけだぞ」

ドワーフの工兵部隊長が太い腕を組んで唸った。

「それどころか、我々が反乱の濡れ衣を着せられ討伐軍を差し向けられるのが関の山だろう。そうなれば、教団の思う壺だ」

レオンも苦々しげに同意する。


建国祭まで残された時間はわずか十日。

打つ手が見つからないまま焦りだけが募っていく。

そんな張り詰めた空気の中、それまで黙考していたシルヴァンの長老エリアスが静かに顔を上げた。


「ソフィア殿、レオン殿。一つだけ、方法があるやもしれぬ」


その言葉に全員の視線が集中する。

「王都アウリオンは元々、我らシルヴァン族が古代人と共に築いた都。その地下には人間の誰もが忘れ去った、我らだけが知る『隠された道』が今も蜘蛛の巣のように張り巡らされておる」


それは有事の際に王族や民を密かに逃がすために作られた、秘密の地下通路網だった。

シルヴァンの特殊な魔術によって巧妙に隠蔽されており、その存在を知る者は今やエリアスをはじめとするごく一部の長老たちだけだという。


「その道を使えば王都のいかなる警備網にもかからず、王城の地下…『原初の揺り籠』が封印されている区画の、すぐ近くまで到達することが可能じゃ」


エリアスの言葉は分厚い暗雲を貫く一条の光だった。

ソフィアの瞳に再び強い光が宿った。


「…決まりですね」


彼女は立ち上がり地図を睨みつけながら、作戦の骨子を組み立てていく。

その思考の速さは他の者たちの追随を許さなかった。


「アルカディア連合の全軍を動かすのは、やはり悪手です。しかし、このまま座して世界が終わるのを見ているわけにはいかない」


ソフィアは集まった仲間たちの顔を一人一人見渡した。

そこには不安や恐怖を乗り越えた決意の色が浮かんでいる。


「私とレオンさん、エリアス様。そして各部隊から選りすぐりの精鋭を募り、少数精鋭の潜入部隊を編成します。私たちの目的はシルヴァンの『隠された道』を通り王都の地下へ潜入。宰相オルダスの計画をその実行の寸前で阻止し、『原初の揺り籠』の覚醒を止めることです」

彼女は一呼吸置き、言葉を続けた。

「そして、もし可能であるならば教団に利用されている聖女リリアンヌを救出します。彼女自身は、おそらく何も知らないはずですから」


それはあまりにも無謀で危険極まりない作戦だった。

一国の宰相が仕組んだ巨大な陰謀に、たった一握りの部隊で挑むというのだ。

失敗すれば彼らの命はおろか、生まれたばかりのアルカディア連合そのものが歴史から抹消されるだろう。


だが誰一人として異を唱える者はいなかった。

彼らはソフィアという指導者を、その知性と決断力を心の底から信じていた。


「アルカディアの留守は、皆さんにお任せします」

ソフィアは残る仲間たちに向かって深く、深く頭を下げた。

「必ず生きて、この地に帰還することを誓います」


その姿に迷いはなかった。

辺境の地で産声を上げた人間とシルヴァンのささやかな希望。

その光は今、世界を覆いつくそうとする巨大な闇のまさにその心臓部へと、その鋭い切っ先を向けようとしていた。

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