第十七話 盤上の遊戯

アウリオン王国の王城、その一角に宰相オルダス・グレイフィールドの執務室はあった。

天井まで届く本棚には古今東西の書物がぎっしりと並び、磨き上げられた黒檀のデスクには処理を待つ膨大な量の書類が整然と積まれている。

部屋の主の怜悧で几帳面な性格を物語る空間だった。


窓の外には建国祭に向けて飾り付けられた王都の壮麗な景色が広がっている。

しかしオルダス宰相がその景色に注ぐ視線は、まるで盤上の駒を眺めるかのように冷たく無機質だった。


「ヴァルミントンの捕縛、確認いたしました」


背後の闇から音もなく一人の男が現れた。

教団の実行部隊『闇鴉』に所属する暗殺者だ。

その気配は完全に消されており、もし彼が望めば宰相の首を掻くことなど造作もないだろう。

だが男は恭しく膝をついていた。


「ご苦労」

オルダスは窓から視線を外さずに応えた。

「あの男は、口を割るだろうか」

「時間の問題かと。ですが、ご命令とあらばいかなる手段を用いても沈黙させますが」

「いや、その必要はない」


オルダスはゆっくりと振り返り、デスクに広げられた一枚の巨大な羊皮紙に目を落とした。

そこに描かれていたのは単なる王都の地図ではなかった。

地下に張り巡らされた古代のエネルギーライン、主要な魔力ノード、そして王城の真下にひときわ大きく描かれた幾何学模様――『原初の揺り籠』の封印構造図だった。


「ヴァルミントンは有用な駒ではあったが、知る情報はすでに古い。彼の役割は辺境の蛮族共に『教団』という存在を意識させ、我々の真の目的から目を逸らさせるための良き『捨て駒』だ。彼らがヴァルミントンの処遇に頭を悩ませている間に、我らの『大いなる儀式』の準備は完了する」


宰相は細く美しい指で、地図上のとある一点をなぞった。

それは王城のバルコニーを示している。


「実に滑稽なことだ。我らが『揺り籠』を覚醒させるための最後の鍵は、他ならぬ『聖女』リリアンヌなのだからな。彼女が持つ純粋で膨大な聖属性の魔力は、『揺り籠』の封印を内側から中和し崩壊させるための、これ以上ない触媒となる。何も知らぬあの愚かな娘は民衆に笑顔を振りまき、祝福を与えることで自ら進んで世界の終焉の引き金を引くのだ」


彼の口元に愉悦に満ちた歪んだ笑みが浮かぶ。

「建国祭のパレードのクライマックス。聖女がバルコニーから祈りを捧げる時、彼女の魔力は王都地下に設置した増幅器を通じて『揺り籠』へと注ぎ込まれる。そして偽りの神々と秩序は浄化され、世界は真の『夜明け』を迎える。我らが神の御名においてな」


その胸元で幾何学的なシンボルをかたどったブローチが、魔導ランプの光を吸い込んで鈍く邪悪に輝いていた。

彼の計画にとってソフィアたちの存在など、盤の隅で起こる些細な小競り合いに過ぎなかった。

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