第十六話:虚飾の剥落
アルカディア連合の拠点、アーク村の地下深く。
かつて食料貯蔵庫として使われていた石造りの一室は、今や鉄格子のはまった即席の牢獄と化していた。
灯された魔導ランプの光が壁に染みた湿気を鈍く反射し、空気を一層冷たく感じさせる。
その中央に一脚の椅子に座らされていたのは、ヴァルミントン公爵その人だった。
アウリオン王国の爵位を持つ誇り高き大貴族。
しかし今はその権威の象徴であった豪奢な衣服も剥ぎ取られ、簡素な囚人服をその身にまとっている。
磨き上げられていたはずの靴は泥に汚れ、手入れの行き届いていた髪は乱れ、無精髭の生えたその顔には疲労と屈辱、そして隠しきれない焦燥が深く刻まれていた。
彼の前に立つのは三人。
アルカディア連合を率いる若き指導者ソフィア。
その隣には元王国騎士にして現防衛隊長のレオン。
そして壁際に静かに佇むのはシルヴァンの長老エリアス。
三者三様の静かな圧力がヴァルミントンを包囲していた。
沈黙を破ったのはソフィアだった。
彼女の声は研究室で数式を読み上げる時のように、どこまでも平坦で感情の起伏を感じさせなかった。
「ヴァルミントン公爵。あなたの置かれている状況は、ご理解いただけていますね。アウリオン王国法に基づけば、あなたは反逆罪。辺境の独立勢力である私たちから見れば、侵略行為の主犯です。どちらにせよ、あなたの未来に明るいものはありません」
「……小娘が」
ヴァルミントンは絞り出すような声で吐き捨てた。
「私を誰だと思っている。王家に連なるヴァルミントン家の当主だぞ。こんな場所で、お前たちのような成り上がりの田舎者共に裁かれる謂れはない!」
虚勢だった。
その声がわずかに震えているのをレオンは聞き逃さなかった。
彼は一歩前に出るとその巨躯でランプの光を遮り、ヴァルミントンに濃い影を落とした。
「あんたが誰かなんてどうでもいい。俺たちが聞きたいのは『暁の星教団』のことだ。あんたが信奉するそのくだらない教団が、次に何を企んでいるのか。洗いざらい話してもらおうか」
レオンの剥き出しの敵意にヴァルミントンは顔をこわばらせる。
だがソフィアは静かにレオンを手で制した。
「レオンさん、感情的になるのは得策ではありません。公爵閣下は、まだ現実を受け入れられていないご様子ですから」
ソフィアは小さなテーブルの上に一つの小瓶を置いた。
中には水のように無色透明の液体が満たされている。
「これは、私が開発した『真実血清』の試作品です。古代の魔術と私の科学知識を融合させたもの。これを服用すれば脳の特定領域が刺激され、いかなる強固な意志を持つ者であろうと、問われたことに対して真実しか述べられなくなります。もっとも、精神に多大な負荷をかけるため、最悪の場合、廃人になる可能性も否定できませんが」
その説明にヴァルミントンの顔から血の気が引いた。
彼はソフィアの瞳を見た。
そこに揺らめくのは狂気でもなければ慈悲でもない。
ただ純粋な知的好奇心と探究心。
この娘は本気でこれを使うつもりだ。
人体実験の材料として自分を観察することに何の躊躇も覚えないだろう。
その事実がヴァルミントンの最後の虚飾を、音を立てて剥ぎ落とした。
「……待て」
彼はか細い声で言った。
「……話す。私が知っていることは、全て話そう」
観念した公爵が語り始めたのは、アウリオン王国の根幹を揺るがす恐るべき陰謀の断片だった。
教団の真の目的は王都の地下深くに封印されているという古代超文明の遺物――『原初の揺り籠』の覚醒。
それは世界の物理法則すら書き換える力を持ち、教団が崇める『神』をこの世に降臨させるための最後の鍵なのだと。
「建国祭……。民衆の歓喜と興奮が頂点に達する、その日、その瞬間に計画は実行される。王都全土から集められた生命エネルギーをトリガーとして、『揺り籠』は目覚めるのだ…」
「どうやって。それほどの儀式、誰が主導するのですか。あなた以外にも、中枢に仲間がいるはず」
ソフィアの冷静な追及が核心を突く。
ヴァルミントンはしばらく黙し、やがて全てを諦めたように絶望的な響きを込めてその名を口にした。
「……『星見の宰相』。王の最も信頼する臣下、オルダス・グレイフィールド宰相閣下こそが、この計画の最高責任者だ」
その名が出た瞬間、室内の空気が凍りついた。
王国の政治を牛耳るあの温厚で知的な宰相が、世界の破滅を目論む教団の指導者。
あまりに現実離れした事実にレオンですら言葉を失った。
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