第十五話 新たな秩序、そして王都の動乱
アルカディア攻防戦から半月が過ぎた。
アーク村とその周辺は目覚ましい速さで復興を遂げていた。
破壊された防衛施設はソフィアの新たな設計思想と、シルヴァンたちがもたらした未知の素材、そして戦いで得られた「アストラル・クォーツ」の応用技術によって以前とは比較にならないほど強固なものへと生まれ変わりつつあった。
ソフィアは自身の研究室に籠もり、アストラル・クォーツの解析とそれを応用した新たな魔導科学技術の開発に没頭していた。
その成果は目覚ましいものがあった。
安定した高出力を得られるようになったことで、長距離通信を可能にする「アストラル通信網」の基礎理論が確立され、各防衛拠点に設置された兵器の威力も飛躍的に向上した。
アルカディア連合はわずか半月で、小国一つに匹敵するほどの技術的ポテンシャルを秘めるに至ったのだ。
レオンの火傷もソフィアが開発した再生医療軟膏と、シルヴァンの生命魔法の組み合わせによって驚異的な回復を見せていた。
まだ背中には痛々しい傷跡が残っているものの、彼はすでに訓練に復帰しアルカディア連合の防衛隊長として人間とシルヴァンの若者たちをまとめていた。
「ソフィアさん、あんまり根を詰めすぎるなよ」
夜遅くまで研究室の明かりが消えないのを心配して、レオンが夜食のスープを手に訪れるのがすっかり日課になっていた。
「ありがとう、レオンさん。でも、時間がいくらあっても足りないのです」
ソフィアは疲れの滲む顔に、しかし力強い輝きを宿した瞳で微笑んだ。
彼女の机の上にはアーク村を中心とした、この辺境一帯の地図が広げられている。
「私たちは、もうただの村ではありません。人間とシルヴァンが手を取り合った、新しい国家『アルカディア連合』です。法を整備し組織を整え、そして私たちの理念を明確に示さなければなりません」
彼女の視線はもはやこの森の中だけを見てはいなかった。
寝返った闇鴉の兵士からもたらされた『暁の星教団』の情報、そして捕虜となったヴァルミントン公爵が漏らした断片的な言葉から、ソフィアは教団の次の狙いがアウリオン王国の王都である可能性が高いと分析していた。
「彼らは、『大変動期』の混乱を利用し王都で大規模なテロ、あるいはクーデターを引き起こすつもりかもしれません。そうなれば王国全土が内乱状態に陥り、彼らの『神』とやらを降臨させる絶好の機会が生まれてしまう」
「じゃあ、どうするんだ? まさか、王都に知らせるのか? あんたを追放した、あの連中に?」
レオンの言葉にソフィアは静かに首を振った。
「いいえ。今の王家や貴族たちに知らせたところで、まともに取り合ってはもらえないでしょう。むしろ、私たちの存在を危険視し、潰しにかかってくるのが関の山です。それに、ヴァルミントン公爵がいたように、教団の息のかかった者が中枢にどれだけ入り込んでいるか分かりません」
ソフィアは地図の上で、アーク村から王都へと続く道を指でなぞった。
「だから、私たちが新たな『秩序』となるのです。このアルカディア連合をどんな脅威にも屈しない強固で豊かな国家にする。そして、その存在と力を世界に示すのです。王国が腐敗し教団が暗躍する中で、私たちこそがこの世界に希望をもたらせる唯一の存在なのだと」
その言葉はもはや単なる理想論ではなかった。
彼女の手には魔導科学という確かな力があり、隣にはレオンやエリアスといった固い絆で結ばれた仲間たちがいる。
その頃、ソフィアが「腐敗している」と断じたアウリオン王国の王都では、まさにその言葉を裏付けるかのような光景が繰り広げられていた。
王城の玉座の間では王太子アルフォンスが、辺境から報告される不穏な魔獣の活発化や原因不明の天候不順に対し、何ら有効な手を打てずにいた。
彼の関心は隣で扇を仰ぐ聖女リリアンヌのご機嫌を取ることと、夜会でどのドレスを着るかという話題にしか向いていない。
「まあ、アルフォンス様。辺境のことなど些細な問題ですわ。それよりも、今度の建国祭のパレード、わたくしが乗る山車はもっと宝石で飾り立てていただかないと」
「ははは、もちろんだとも、私のリリアンヌ。君の美しさを引き立てるためなら、国庫の金などいくらでも使おう!」
そんな弛緩しきった空気の中、宰相をはじめとする数名の貴族たちが苦々しげな表情でそのやり取りを見つめている。
そしてその列の末席で一人の貴族が、口元に不気味な笑みを浮かべていた。
彼は先日ヴァルミントン公爵が捕縛されたという報告書を、まるで面白い読み物でも読むかのように眺め、そして誰にも聞こえない声で呟いた。
「愚かな…。ヴァルミントンが失敗したところで、計画は止まらぬというのに。むしろ、彼の犠牲は新たなる『星』の輝きを増すための、良き贄となったわ…。『原初の揺り籠』の覚醒は、もう間もなくだ…」
男の胸元で闇鴉の通信機に映し出されたものと同じ、幾何学的なシンボルをかたどったブローチが鈍い光を放っていた。
辺境の地でソフィアが新たな国家の礎を築き上げようとしている、まさにその時。
王都の中心では世界を覆う巨大な陰謀が、着実にその牙を剥こうとしていた。
二つの運命が交錯する日はもう目前まで迫っている。
ソフィアたちの戦いはまだ始まったばかりだった。
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