第十四話 灰燼と静寂、そして残されたもの

閃光が消え去った後、戦場には死んだような静寂が訪れた。

先ほどまで地を埋め尽くしていたカイティンの大群は、その指導者を失い統率をなくして混乱の極みにあった。

甲高い鳴き声を上げながら互いにぶつかり合い、やがて森の闇の奥深くへと蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。


後に残されたのは夥しい数のカイティンの死骸と破壊された防衛施設、そしてカイティン・ロードがいた場所にぽっかりと空いた巨大なクレーターだけだった。

クレーターの中心部はアストラルコア・ボムの超高熱によって融解し、まるで黒曜石のように滑らかなガラス質へと変化していた。

その中心で奇妙な虹色の輝きを放つ人頭大の結晶体が、静かにアストラルフォースを吸収し脈動している。


「…終わった…のか…?」


生き残った村人の一人が呆然と呟いた。

その言葉を皮切りにあちこちから安堵の嗚咽や、仲間を失った悲しみの慟哭が上がり始める。

彼らは勝ったのだ。

しかしその代償はあまりにも大きかった。


「ソフィア! レオン!」


エリアスは消耗しきった身体に鞭打ち、クレーターの縁へと駆け寄った。

シルヴァンの仲間たちもそれに続く。

彼らの必死の捜索の末、クレーターの端、爆風で吹き飛ばされたと思われる場所で二人は発見された。


レオンはソフィアを庇うようにうつ伏せに倒れていた。

その背中は爆風と熱によって見るも無惨に焼け爛れている。

だがその屈強な身体のおかげで、彼の下にいたソフィアは奇跡的にも致命傷を免れていた。

とはいえソフィアもまた衝撃で気を失い、全身に火傷と打撲を負っている。

彼女が身に着けていた魔導科学の道具はそのほとんどが壊れ、アストラルコア・ボムの筐体の一部は熱で彼女の腕のガントレットに融合してしまっていた。


「二人とも、息はある! 急いで治療を!」


エリアスの指示のもと二人は慎重に担架で運ばれ、村の集会所へと運び込まれた。

村の長老である老婆とエリアス、そしてシルヴァンの薬師たちが総出で治療にあたる。

人間の知識とシルヴァンの秘伝の薬草、そして清浄なアストラルフォースを注ぎ込む、まさにアルカディア連合の総力を挙げた治療だった。


ソフィアが意識を取り戻したのはそれから三日後のことだった。

見慣れた研究室の天井がぼんやりとした視界に映る。

身体の節々が軋むように痛み、喉はカラカラに乾いていた。


「…ここは…」


「ソフィアさん!気がついたんだね!」


ベッドの傍らで付き添っていたテオが涙ながらに彼女の手にしがみついた。


「レオンさんは…? 皆は…?」


「レオン兄ちゃんなら、隣の部屋で寝てるよ。酷い火傷だったけど、エリアス様たちが付きっきりで看病してくれて、峠は越したって。村のみんなも、たくさん怪我したけど、死んだ人は一人もいなかったんだ。ソフィアさんが、レオン兄ちゃんが、エリアス様が、みんなが守ってくれたから…」


テオの言葉にソフィアは心の底から安堵し、再び意識を手放しかけた。

だが彼女の頭脳はまだ眠ることを許してはくれなかった。


戦後処理と情報分析。

やるべきことは山積みだ。

ソフィアはテオに助けられながらゆっくりと身体を起こした。

そして戦いの結果と戦場で回収されたものを報告するよう命じた。


報告の中でソフィアの興味を最も強く引いたのは、クレーターの中心で発見された虹色の結晶体だった。

エリアスはそれを「アストラル・クォーツ」と名付け、シルヴァンの伝承にもない全く新しい物質だと語った。

ソフィアが自身の携帯分析器で調べたところ、その結晶体はアストラルフォースを極めて安定した状態で凝縮し、なおかつ外部からのアストラルフォースを驚異的な効率で増幅させる特性を持っていることが判明した。


「…これは、エネルギー革命よ」


ソフィアはその結晶体の分析データを見ながら、戦慄にも似た興奮を覚えていた。

これさえあればこれまで出力不足で実現不可能だった、様々な魔導科学技術が現実のものとなる。

より強力な防衛兵器、長距離通信網、そしていずれは国を支えるインフラとなるであろう新たな動力源…。


そんな中、捕虜となっていた闇鴉の一人が重要な情報をもたらした。

彼はソフィアたちがカイティン・ロードを倒したという信じがたい事実と、アルカディア連合の人間とシルヴァンが協力し合う姿を目の当たりにし、ヴァルミントン公爵が信奉する歪んだ理想に疑念を抱き始めていたのだ。


「…我々は、『暁の星教団』と呼ばれている。ヴァルミントン公爵は、その最高幹部の一人に過ぎない」


男はソフィアの尋問に対し、ぽつりぽつりと語り始めた。


「我らの目的は、『大変動期』の混乱に乗じて旧体制を打倒し、我らが『神』と崇める存在をこの世に降臨させ、新たなる千年王国を築くこと。カイティン――我々は『神の尖兵(デウス・エクス)』と呼んでいる――は、そのための露払いに過ぎない」


「神…? それが、あの森の奥から感じたプレッシャーの主だとでも言うのですか?」


「そうだ。我らが『原初の揺り籠』と呼ぶ聖地で、今まさに、神は目覚めの時を迎えようとしている…」


男の言葉はソフィアの仮説を裏付けると共に、さらなる謎を彼女に突きつけた。


辺境の地で始まった生存のための戦いはいつしか、世界の命運を左右する神と名乗る存在、そしてその信奉者たちとの戦いへとその姿を変えようとしていた。


ソフィアはベッドの上で静かに拳を握りしめた。

その手にはまだアストラルコア・ボムの熱の名残が感じられるようだった。


第十五話:交錯する運命

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