第十三話 決死の降下、零距離の閃光
夜空を切り裂いて飛翔するソフィアとレオンの身体に、凄まじい風圧が叩きつけられる。
眼下に広がるカイティンの群れは無数の赤い宝石を敷き詰めた絨毯のようであり、その中央に鎮座するカイティン・ロードの巨体は絶望的なまでの存在感を放っていた。
空気は焦げ付くような匂いとアストラルフォースの濃厚な匂いで満ち、耳には味方の悲鳴と敵の咆哮が混じり合った不協和音が突き刺さる。
「ソフィアさん、大丈夫か!」
レオンが風に負けじと背後から叫ぶ。
ソフィアは彼の屈強な背中にしがみつきながら、必死に頷いた。
「ええ、問題ありません! 目標はただ一つ、あのロードの胸部のアストラルコアです!」
しかし言うは易し、行うは難し。
彼らの無謀な接近にカイティン・ロードはすぐさま気づいた。
その巨大な複眼が夜空の一点――ソフィアたち――を正確に捉える。
そして四本ある巨大な鎌のうちの二本が、空気を切り裂く轟音と共に二人を薙ぎ払わんと迫ってきた。
「くっ…!」
レオンは空中で体勢を捻り、ソフィアを庇うようにして鎌の切っ先をすれすれで躱す。
だがその風圧だけで二人の身体は木の葉のように翻弄された。
さらに地上からは飛行能力を持つ小型のカイティンが、槍のように鋭い突起を向けて無数に飛来してくる。
「エリアス!」
ソフィアは心の中で盟友の名を叫んだ。
その声に応えるかのように地上から幾筋もの風の刃が螺旋を描きながら舞い上がり、飛来する小型カイティンたちを次々と撃ち落としていく。
だがエリアスもまた地上の防衛線を維持しながらの遠隔支援であり、その負担は計り知れない。
彼の顔に疲労の色が濃くなっていくのが、アストラルフォースの繋がりを通じてソフィアにも感じられた。
(時間がない…!)
ソフィアは懐から取り出したアストラルコア・ボムを見つめた。
それは彼女の掌に収まるほどの大きさの球体だったが、その内部には暴走寸前のエネルギーが凝縮されている。
起動スイッチは二段階。
一つは安全装置の解除。
もう一つが起爆シークエンスの開始だ。
「レオンさん、高度を下げます! ロードの懐に飛び込むしかありません!」
「無茶を言うな! だが、やるしかねえんだろ!」
レオンは覚悟を決めたように吼えると自らの体重を移動させ、エリアスが作り出す風の流れを利用して急降下を開始した。
目標はカイティン・ロードの胸元。
死地へと一直線に。
その狂気じみた行動にカイティン・ロードは警戒したのか、あるいは侮辱されたと感じたのか、その胸部のアストラルコアの輝きを一際強く明滅させた。
そしてその口らしき部分から紫色の高エネルギー体が、レーザーのようにソフィアたちへと向けて放たれる。
「しまっ…!」
直撃は避けられない。
レオンは最後の力でソフィアを自身の身体の下に庇い、衝撃に備えた。
だが、その瞬間。
ソフィアの胸元――彼女が肌身離さず持っていた父の形見である古い懐中時計が、淡い光を放った。
それはアストラルフォースとは異なる、温かくどこか懐かしい光だった。
光は薄い膜となって二人を包み込み、紫色のレーザーを僅かに逸らした。
レーザーは二人のすぐ傍を通り過ぎ、後方の夜空を焦がしていく。
「今のは…?」
「分かりません! ですが、好機です!」
ソフィアは一瞬の幸運に感謝し、アストラルコア・ボムの安全装置を解除した。
ブーン、という低い振動が彼女の手に伝わる。
カイティン・ロードの懐深くまで潜り込んだ二人に、ロード自身が振るう鎌が死の宣告のように迫る。
「ソフィアさん、投げろ!」
レオンは最後の力を振り絞ってソフィアをカイティン・ロードの胸元へと突き飛ばした。
ソフィアの身体は無重力状態のように宙を舞い、目の前には禍々しくも美しく輝く巨大なアストラルコアがあった。
(これが…この世界の理を歪める、力の源…!)
ソフィアはその美しさに一瞬心を奪われそうになりながらも、起爆スイッチを押し込んだ。
アストラルコア・ボムが甲高い起動音と共に数秒間のカウントダウンを開始する。
そしてソフィアは全ての想いを込めて、それをカイティン・ロードのアストラルコアへと叩きつけた。
その瞬間、世界から音が消えた。
カイティン・ロードの咆哮も村人たちの悲鳴も風の音も、全てが飲み込まれていく。
ソフィアの目の前でアストラルコア・ボムとカイティン・ロードのコアが接触し、互いのエネルギーが臨界点を超えて暴走を始める。
紫と白の光が混じり合い、空間そのものが歪むかのような凄まじいエネルギーの奔流が生まれた。
ソフィアの意識はその光の中に飲み込まれ、急速に遠のいていく。
(レオンさん…テオくん…エリアス様…みんな…)
最後に彼女の脳裏に浮かんだのはこの辺境の地で出会った、かけがえのない仲間たちの顔だった。
そして世界は純粋な光に包まれた。
地上のアーク村から見上げていたテオの目には、夜空にもう一つの太陽が生まれたかのように見えた。
その閃光は戦場の全てを白く染め上げ、やがて全てを飲み込んでいった。
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