第七話 森の賢者、緑の援軍
森の民――シルヴァンたちの突然の出現は、戦場の空気を一変させた。彼らは数こそ少ないものの、その一人ひとりが放つアストラルフォースは、闇鴉たちのそれとは比較にならないほど洗練され、強力だった。まるで、森そのものが意思を持って戦っているかのような、自然と一体化した動きで、闇鴉たちを翻弄し始める。
「何奴だ、貴様ら! 我がヴァルミントン公爵家の私兵に手出しをするとは、アウリオン王国への反逆と見なすぞ!」
ヴァルミントン公爵が怒声を発するが、シルヴァンたちは仮面の下でせせら笑うかのように、一切取り合わない。彼らの目的は、ただ一つ。ソフィアとアーク村の民を守ること、そして、この森を穢す者たちを排除することであるように見えた。
シルヴァンの一人――おそらくリーダー格なのだろう、ひときわ大きな仮面を着け、背には美しい彫刻の施された長弓を背負っている――が、ソフィアの前に進み出た。その声は、まるで風の囁きのように、しかし明確な意志を持ってソフィアの耳に届いた。
「『異界の知恵持つ娘』よ。我らは森の声を聞き、汝の危機を知った。この森を愛し、その理を尊ぶ汝の行いは、我らの目に留まっていた」
その言葉に、ソフィアは驚きを隠せなかった。シルヴァンたちは、ソフィアがアーク村で行ってきた「魔導科学」の試みを、ただ監視しているだけではなかったのだ。彼らは、ソフィアの行動の本質を理解し、ある種の共感すら覚えていたのかもしれない。
「なぜ…私たちを…」
「森は、変化を拒まない。ただ、調和を求める。汝の知恵は、使い方を誤れば森を傷つける刃となるが、正しく用いれば、森に新たな恵みをもたらす可能性を秘めている。我らは、その可能性に賭けようと思ったまでだ」
リーダー格のシルヴァンはそう言うと、ヴァルミントン公爵の方へと向き直った。
「アウリオンの強欲なる者よ。この森は、汝らが好き勝手に蹂躙してよい場所ではない。速やかに立ち去るがいい。さもなくば、森の怒りが汝らを飲み込むことになるだろう」
その言葉は、静かでありながら、絶対的な威圧感を伴っていた。ヴァルミントン公爵は、一瞬怯んだような表情を見せたが、すぐに傲岸な態度を取り戻す。
「ふん、どこから湧いて出たか知らぬが、たかが森の蛮族どもが! 闇鴉、者ども、あの忌々しい仮面の連中もろとも、ソフィアを捕らえよ! 生かしておく必要はない、手足の一本でも残っていれば十分だ!」
公爵の非情な命令を受け、闇鴉たちはシルヴァンたちにも襲いかかった。しかし、シルヴァンたちの戦闘能力は、闇鴉たちの予想を遥かに超えていた。彼らは、アストラルフォースを巧みに操り、風を刃とし、木の根を鞭とし、地の精霊を盾とする。その戦い方は、アウリオン王国の体系化された魔法とは全く異なり、より原始的で、より自然と融合した力だった。
レオンたちアーク村の猟師も、シルヴァンたちの加勢に勇気を得て、再び武器を手に取った。ソフィアもまた、テオを安全な場所に隠すと、残っていた閃光珠や、研究室から持ち出した薬品類を駆使して戦いに加わる。
戦いは熾烈を極めた。闇鴉たちは数で勝るものの、シルヴァンたちの神出鬼没な動きと、ソフィアの奇策、そしてアーク村の民の地の利を活かした抵抗の前に、徐々に消耗していく。
ソフィアは、戦いながらも冷静に戦況を分析していた。シルヴァンたちの力は強大だが、彼らも無敵ではない。闇鴉の中には、シルヴァンたちの動きに対応し始めている者もいる。そして何よりも、ヴァルミントン公爵自身が、まだ奥の手を隠している可能性があった。
(このままでは、ジリ貧になる…! 何か、決定的な一撃が必要だ…!)
ソフィアの視線が、ヴァルミントン公爵に向けられた。彼さえ無力化できれば、この戦いは終わる。だが、公爵の周りは屈強な護衛たちに固められており、容易に近づくことはできない。
その時、ソフィアの脳裏に、あるアイデアが閃いた。それは、アストラルフォースの性質に関する、彼女の最新の研究成果を応用したものだった。異次元エネルギーであるアストラルフォースは、特定の条件下で、他のエネルギーと干渉し合い、その性質を大きく変化させることがある。もし、ヴァルミントン公爵が身に纏っているであろう、防御用のアストラルフォースのバリアを、一時的にでも無力化できれば…。
「レオンさん! あの公爵の馬車に積んである荷物、何か分かりますか!?」
ソフィアは、戦闘の合間を縫ってレオンに叫んだ。ヴァルミントン公爵が乗ってきた馬車には、いくつかの木箱が積まれていた。おそらく、ソフィアを捕らえた後のための道具か、あるいは別の目的があるのか。
「わからねえ! だが、妙に厳重に封印されてやがる!」
レオンの答えに、ソフィアは一つの仮説を立てた。
(あれは、アストラルフォースを遮断、あるいは吸収する特殊な素材で作られた箱…? だとしたら、中身は、アストラルフォースに敏感な何かか、あるいは…)
ソフィアは、シルヴァンのリーダーに目で合図を送った。リーダーは、ソフィアの意図を察したかのように頷き、数人のシルヴァンと共に、陽動のために闇鴉たちへの攻撃を激化させる。
その隙に、ソフィアはレオンとテオ、そして数人の村人と共に、ヴァルミントン公爵の馬車へと密かに接近した。
「公爵様! 危ない!」
護衛の一人がソフィアたちの動きに気づき叫んだが、すでに遅かった。ソフィアは、試作段階の「アストラルフィールド中和剤」――特定の鉱石の粉末と、ある種の植物から抽出した液体を混合し、アストラルフォースのエネルギー構造を不安定化させる効果を狙った薬品――を、馬車に積まれた木箱の一つに投げつけた。
ガラス瓶が割れ、液体が木箱にかかると、木箱の表面から微弱なアストラルフォースの反応が消え、同時に、箱の中から甲高い、耳障りな音が響き渡った。そして、次の瞬間、木箱が内側から破裂するように弾け飛び、中から眩い光と共に、強力なアストラルフォースの奔流が溢れ出した。
「ぐわあああっ!」
その奔流をまともに浴びたヴァルミントン公爵は、防御魔法も間に合わず、アストラルフォースの嵐に飲み込まれて馬上から吹き飛ばされた。護衛たちも、突然の事態に対応できず、混乱に陥る。
「な…何が起こったのだ…!?」
公爵は、地面に打ち付けられながら、信じられないといった表情でソフィアを睨みつけた。
「公爵様、あなたがお持ちになっていたのは、『アストラルコア』の原石ではありませんでしたか? それも、極めて不安定な状態のものを、遮断効果のある箱に無理やり封じ込めて。不用意に刺激すればどうなるか、お分かりにならなかったとでも?」
ソフィアの言葉に、公爵の顔色が変わった。アストラルコアの原石は、莫大なアストラルフォースを秘めているが、非常に不安定で扱いが難しく、下手に刺激すれば暴走して周囲に壊滅的な被害をもたらす危険な物質だ。それを、こんな辺境の村まで持ち込んでいたとは。
「き、貴様…! なぜそれを…!」
「あなたの焦り、そして、あの男の言葉の端々から推測しました。あなたは、何か強力なアストラルフォースの源を求めていた。そして、それを利用して、王国で何かを企んでいたのではありませんか?」
ソフィアの追及に、ヴァルミントン公爵は言葉を失った。彼の計画は、ソフィアの知略によって、根底から覆されようとしていた。
アストラルコアの暴走は、シルヴァンたちの力によって辛うじて鎮められたが、その余波は大きく、闇鴉たちは戦意を喪失し、ヴァルミントン公爵も深手を負って捕らえられた。
戦いは終わった。アーク村は守られたのだ。だが、ソフィアの胸には、新たな疑問と、より大きな戦いの予感が芽生えていた。ヴァルミントン公爵が、不安定なアストラルコアの原石を必要としていた理由は何なのか。そして、彼がアウリオン王国で何を企んでいたのか。
捕らえられたヴァルミントン公爵は、ソフィアを睨みつけ、呪詛の言葉を吐いた。
「小娘…覚えていろ…これで終わりではないぞ…アウリオン王国は…いや、この世界は、間もなく大きな変革の時を迎える…お前のような存在は、その渦に飲み込まれて消えるだけだ…!」
その言葉は、単なる負け惜しみには聞こえなかった。彼の瞳の奥には、ソフィアにもまだ見えない、巨大な陰謀の影が揺らめいているように思えた。
ソフィアは、シルヴァンのリーダーと共に、静かにその言葉を聞いていた。忘れられた森の辺境で始まった彼女の戦いは、今、アウリオン王国全体、いや、あるいは世界そのものを巻き込む、大きなうねりへと繋がろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます