第51話 真なる名の解放


五つの光が一つに結びつき、歪んだ門から溢れ出す黒い影を押し戻し始めた。門の表面を覆っていた禍々しい闇が、まるで薄皮が剥がれるように剥がれ落ちていく。しかし、影は簡単には消滅しない。それは、この地の悠久の歴史の中で蓄積された、人々の負の感情そのものだった。

「この影は……!強い……!」鳴海が歯を食いしばる。額には汗が滲み、護符を構える腕が微かに震えていた。

「イザナミの怨念が、この地の負の感情を吸い尽くし、ここまで肥大化したのね……」貞子が鏡を強く抱きしめながら呟いた。鏡の中には、まだ苦しみに歪むイザナミの顔が映し出されている。

舞子は曾祖母の巻物を広げ、その中の一節を心の中で繰り返す。「『真なる名は、鏡に映る魂の姿に宿り、失われた愛を呼び覚ます鍵となる』……そして、『日輪の神、その慈悲は全ての闇を照らし、根源の魂を救う』」

舞子は、奈緒に視線を向けた。「奈緒!あなたの光を!イザナミの『愛されたい』『忘れ去られたくない』『報われてほしかった』という願いを、この鏡に!」

奈緒は強く頷いた。伊勢神宮で目覚めた「光の巫女」としての力が、全身を駆け巡る。彼女は目を閉じ、イザナミの魂に深く共感する。奈緒の心に、イザナミの切なる願いが、まるで自身の感情であるかのように流れ込んできた。それは、絶望の淵に沈みながらも、かすかに残る愛と救済を求める魂の叫びだった。

奈緒の掌から、純粋な光の玉が生まれ、ゆっくりと貞子の持つ鏡へと吸い込まれていく。光が鏡に触れると、鏡面全体が眩い輝きを放ち始めた。苦痛に歪んでいたイザナミの顔が、その光の中で、少しずつ穏やかになっていく。

「イザナミ……その名は……愛されし者……忘れられぬ者……報われし者……」舞子が、まるで古の言霊を唱えるかのように、一つ一つの言葉を紡ぎ出す。

その言葉に呼応するように、鏡から放たれる光がさらに強まった。それは、単なる光ではなく、イザナミの純粋な「願い」が、この世に顕現した輝きだった。

「それが……真なる名……」栞が巻物を見つめながら、震える声で言った。巻物の一部が淡く光り、イザナミの本質的な願いが記された箇所が浮かび上がったのだ。

「ああ……これで……」雫が、かすれた声で呟いた。彼女の体から放出されていた封印の力が、イザナミの願いが込められた光と共鳴し、門の歪みを矯正しようとする。

五人の巫女の力が、イザナミの真なる名という光の剣となって、黒い影の奥深くに突き刺さる。影は激しく身悶え、最後の抵抗を見せるかのように瘴気を噴き上げた。しかし、その力は、五人の巫女が一体となった慈悲の光には敵わなかった。

「これで……」舞子が目を閉じ、イザナミの魂の安寧を祈る。

光が最高潮に達し、そして、静かに収束していく。門の表面を覆っていた禍々しい闇は完全に消え去り、そこにはただ、古代の石の門が、静かにたたずんでいるだけだった。門から聞こえていた「囁き」も、ピタリと止んでいた。

空を覆っていた鉛色の雲が晴れ、一筋の光が差し込む。それは、まるでイザナミの魂が、ようやく安息を見出したことを告げるかのような、清らかな光だった。

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