第49話 雫の決意
舞子たちの目の前で、雫の体が大きく傾ぐ。彼女の腕から力が抜け、歪んだ門から噴き出す闇がさらに勢いを増した。門の奥からは、無数の負の感情が渦巻く巨大な影が姿を現し始める。それは、もはやイザナミの怨念の残滓などではなく、この地に根付いたあらゆる負の感情を吸い尽くし、肥大化した黒い影そのものだった。
「雫!」鳴海が叫び、思わず駆け寄ろうとするが、門から放たれる圧倒的な負の波動に阻まれ、足がすくむ。奈緒もまた、その途方もない憎悪と絶望の感情に、体が震えるのを感じた。
「来るな……舞子……鳴海……奈緒……」雫が、最後の力を振り絞るように声を絞り出した。彼女の瞳には、痛みと諦め、しかし確かな決意の光が宿っていた。「これは……私の……役目……」
その言葉と同時に、雫は震える手で懐から一枚の古びた札を取り出した。それは、羽田家に代々伝わる、禁忌に近い強力な封印の護符だった。護符が発する微かな光は、門から溢れ出す闇に瞬く間に飲み込まれてしまうかのように見えた。
「何を……するつもりだ、雫!」舞子が鋭く問いかけた。胸騒ぎが止まらない。
雫はゆっくりと舞子たちの方を振り返った。その顔は蒼白で、唇には血の跡が滲んでいた。
「私は……この門と……共に……」
彼女の言葉に、舞子たちは息を呑む。雫は、自らの命を犠牲にして門を封じ込めるつもりなのだと、直感的に悟った。
「馬鹿なことを言わないで!」鳴海が叫んだ。「そんなこと、許さない!」
しかし、雫は悲しげに微笑んだ。「これは……羽田の巫女としての……そして、あなたたちの姉としての……最後の、役目……」
雫の体が、護符の光と共に淡く輝き始めた。彼女の周りの空間が歪み、門から溢れ出る闇と雫の光が拮抗する。門の「囁き」は、雫の決意に苛立ちを覚えるかのように、さらに激しさを増した。
「母さんも……あなたたちを守りたかった……」雫の声が、空間に響く。それは、まるで遠い過去からの響きのように、舞子たちの心を震わせた。
舞子は、雫が羽田家の血縁として、そして水野姉妹の義理の姉として、この重い使命を一人で背負い込もうとしていることを悟った。彼女は、貞子の抜け殻と向き合い、その負の感情を受け止めてきた。奈緒は、自身の孤独とイザナミの願いを共鳴させ、光の力を目覚めさせた。そして、今、雫は、すべてを終わらせるために、自らを犠牲にしようとしている。
舞子の脳裏に、曾祖母の巻物の言葉が蘇る。『黒い影を鎮める鍵は、「真なる名」を呼び覚ますことにある』。そして、伊勢で感じたアマテラスオオミカミの慈悲の光。
「雫!待って!」舞子が叫び、一歩、雫に近づこうとした。
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