第48話 歪んだ門
狗ヶ岳の麓で車を降りた舞子、鳴海、奈緒の三人は、重苦しい空気に包まれた山道を進んでいた。空は鉛色に淀み、太陽の光はほとんど届かない。鬱蒼とした木々の間からは、腐敗した土の匂いと、微かに鼻につく血の臭いが混じり合って漂ってくる。
「この先よ……」鳴海がかすれた声で言った。彼女の指差す方向には、木々がひときわ密生し、まるで巨大な口を開けたかのような暗がりがあった。その奥から、うねるような「囁き」が、より一層はっきりと聞こえてくる。それは、無数の怨嗟の声が絡み合った、耳を塞ぎたくなるような不協和音だった。
奈緒は顔をしかめた。その声は、かつてサービスエリアで貞子の抜け殻から感じた悲しみとも、猫島の井戸で感じた虚しさとも違う、より根源的な憎悪と絶望に満ちていた。それでも、奈緒は内なる光を頼りに、その感情の波に身を委ねる。その奥に、必死に抵抗する雫の強い意志を感じ取ったからだ。
「雫姉ちゃん……!」
舞子は「鎮魂の鈴」を強く握りしめ、鳴海は護符を広げた。三人は互いに視線を交わし、覚悟を決める。一歩足を踏み入れると、周囲の空気が一変した。瘴気のような黒い靄が立ち込め、視界が歪む。足元の地面は粘つき、踏みしめるたびに不気味な音がした。
「ここが、『歪んだ門』……」舞子の声が、虚ろな空間に吸い込まれていく。
その時、奥から強い光が瞬き、同時に激しい霊的な波動が押し寄せた。それは、雫の力の輝きだった。彼女が門の封印を保つために、最後の力を振り絞っている証拠だ。
「急ぐわ!」鳴海が駆け出した。舞子と奈緒もそれに続く。
闇と瘴気の中を、三人はひたすら走り続けた。幻影が彼らの行く手を阻むように現れては消え、過去の記憶や恐怖を呼び起こそうとする。しかし、舞子は曾祖母から受け継いだ巫女の道具と使命を胸に、鳴海は家族を守るという決意を胸に、そして奈緒は自身の内なる光と雫への想いを胸に、決して立ち止まらなかった。
やがて、瘴気の中心に、異様な光を放つ空間が姿を現した。それは、この世のものではない、しかし確かに存在する「門」だった。そして、その門の前に、傷つきながらも立ち尽くす羽田雫の姿があった。彼女は、辛うじて片腕を上げて門を押しとどめようとしていたが、その体からは力が抜け落ちていくのが見て取れた。
「雫!」舞子が叫び、駆け寄ろうとする。
「来るな、舞子!」雫が苦しそうに声を上げた。「これは、私自身の……」
彼女の言葉は、門から吹き荒れる強風にかき消された。門の奥からは、さらに濃密な闇が溢れ出し、無数の怨嗟の声が三人を包み込む。それは、イザナミの怨念が、この地の負の感情と完全に同化し、制御不能なまでに肥大化した「黒い影」そのものだった。
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