第47話 狗ヶ岳


フェリーの甲板に立つ舞子、鳴海、奈緒の三人は、微かに響く狗ヶ岳からの「呼び声」に耳を澄ませていた。風に乗って運ばれてくるその声は、奈緒には雫の切迫した呼びかけのように感じられ、胸の奥を締め付けた。「雫姉ちゃん……」奈緒は呟き、ギュッと拳を握りしめる。その横で、鳴海が古文書を指差した。「見て、舞子。この記述。『陰と陽、二つの力が結びし時、真の光が導かれ、魂は癒える』。そしてもう一つ、『歪んだ門の封印を解く鍵は、血を分かちし姉妹の共鳴にある』……もしかしたら、雫の力と奈緒の光が、あの門を開く鍵になるのかもしれない」

舞子は鳴海の言葉に深く頷く。「雫がずっと一人で守ってくれていた。私たちの力が揃えば、きっとあの門を封じられるはずだ」。猫島にいる貞子と栞も、舞子からの連絡を受けて狗ヶ岳への合流準備を急いでいる頃だろう。

フェリーが本土の港に到着し、三人は急ぎレンタカーに乗り込んだ。狗ヶ岳へと続く道は、まるで彼女たちの決意を試すかのように、以前よりもさらに重苦しい気に満ちていた。空には厚い雲が立ち込め、山の頂は陰鬱な雰囲気に包まれている。

「この先から、さらに強い気を感じるわ」鳴海が眉をひそめて言う。「歪んだ門が、私たちを誘い込もうとしている……」

奈緒は窓の外に目をやる。鬱蒼とした森の奥から、禍々しい気配がうごめいているのが感じられた。しかし、恐怖よりも、今度は違う感情が奈緒の心を占めていた。伊勢で目覚めた「光の巫女」としての力、そしてイザナミの願いに共感したことで得た、内なる確かな光。この光が、雫姉ちゃんを、そして世界を救う鍵になる。

「大丈夫だよ、奈緒」舞子が奈緒の手を握った。「私たちは一人じゃない。みんなで力を合わせれば、きっとできる」。

その言葉に、奈緒は力強く頷いた。これまで自分の無力さに苛まれてきた奈緒にとって、この言葉は何よりも心強いものだった。彼女の内側で、希望の光がさらに強く輝き出す。

狗ヶ岳の麓に近づくにつれ、「囁き」がさらに明確に聞こえ始めた。それは、苦しみと絶望に満ちたイザナミの怨念と、それに呼応する人々の負の感情が混じり合った、不気味な合唱だった。しかし、その中に微かに、しかし確かに、雫の強い意志の波動が感じられた。

「雫姉ちゃんが、私たちを待っている」奈緒が静かに言った。

舞子は車を停め、三人は深呼吸をした。いよいよ、すべての終焉と始まりが待つ場所。五人の巫女の力が、今、狗ヶ岳に集結する。

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